(この記事は2017年5月8日に公開した記事を大幅に加筆修正し、参考書籍も含めて2021年7月にアップデートしたものです)
今回は、投資銀行(証券会社)のM&Aアドバイザリーの仕事に興味があり、転職・就職を希望している方からよく聞かれる次のような質問について考えてみます。
M&Aアドバイザリーの仕事は専門性が高そうだから何か勉強しておかないとならないのでは、と漠然と不安になっている方も多いようです。
ところで、そもそもM&Aアドバイザリーの仕事とはどんな仕事なのでしょうか。また、どんな基礎知識を持っていることを前提としているのでしょうか。
まずはそのあたりからみていきましょう。
必要な知識を定義しよう
投資銀行のM&Aアドバイザリーの仕事とは何をしているのか
投資銀行(証券会社)のM&Aアドバイザリーの仕事をシンプルにいえば、
- どの会社を買うか(買収対象の発掘・引き合わせといったオリジネーション業務)
- どうやって買うか(適切な買収スキーム・スケジュールの策定)
- いくらで買うか(合理的な企業価値の評価・分析)
についてアドバイスをしていくことです。
若手でアドバイザリー部門(エグゼキューションチーム)に配属された場合には、2番目の「どうやって買うか」と3番目の「いくらで買うか」に関する資料作成に、まずは従事することになるでしょう。
※1番目の「どの会社を買うか」については、主にカバレッジ部門のメンバーが担当するケースが多いと思います。
それでは、若手にはどんな基礎知識が求められるのか
投資銀行(証券会社)のM&Aアドバイザリー部門のジュニア(若手:アナリスト〜アソシエイト)の方に要求される基礎知識は大まかに言って次のものになります。
- 大前提として決算書(BS, PL, CF)に関する知識(会計の基礎)
- 企業価値評価=Valuationに関する知識
- 法令・規制(会社法・金商法・東証規則)
- 会計の応用知識(企業結合&連結、税効果、退職給付等)
- 税務の知識(特に組織再編税制と繰越欠損金)
以下でこれら5つの基礎知識を具体的に見ていきましょう。
ちなみに、この記事ではいくつかの書籍を紹介していきますが、まずは何か1冊だけM&Aアドバイザリーの仕事に役立つ本を教えて欲しいと問われたら、次の本だけはぜひとも読んでおいてくださいと答えます。
わからない箇所があってもいったん通読してみてください。そして、入社してM&A案件の一巡を終えた頃に読み返すと新たな学びがあるでしょう(2021年6月に第3版が出版されたようですので、リンクを更新しました)。
若手に求められる5つの基礎知識
1.決算書(BS, PL, CF)に関する知識(会計の基礎)
決算書が読めない者はM&Aに関わるべからず
まず、M&Aアドバイザリーの仕事をしていく大前提として、決算書(BS, PL, CF)がわからないとスタートラインに立てません。Valuationモデルを作成するにせよ、買収における会計・税務インパクトを分析するにせよ、会計の基礎がわかっていないとおそらく何もできないでしょう。
ためしに、適当な企業の有価証券報告書や決算短信を見てBS、PL等を見てください。
それが何を意味しているのか、読み方がわからないという方、すなわち会計を全く知りませんという方はまずはBSとPLの読み方から始める必要がありますので、BSとPLの読み方を含む会計の基礎中の基礎だけは、入社までにしっかりと勉強しておいた方が良いと思います。
決算書を理解するためのおすすめ書籍
会計の基礎を理解し決算書を読めるようになるためには、以下の本を読んで勉強するのがおすすめです。
超入門(1冊目におすすめ) | |
まずは超入門の1冊目を読んでみてください。文庫サイズで薄いので簡単に読めます。会計を作るための”とっつきにくい簿記”を知らずとも決算書を読むための視点が養われることでしょう。
2冊目以降におすすめの2つも同様の観点で、いかにして簿記をすっとばして会計の本質を理解するかという観点で書かれています。 |
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2冊目以降におすすめ | |
2.企業価値評価(Valuation)
企業価値評価(Valuation)も基本はおさえておいた方がいい
企業価値評価(Valuation)に関しては、BSとPLの読み方を学んだ後で構わないので、その基本は入社前に学んでおいた方が良いと思います。
Valuationの基本とは、
- 企業価値と株主価値の違い
- 現在価値と割引率の意味
- 企業価値評価の手法の概要理解
- 市場株価法、類似会社比較法、類似取引比較法、DCF法、純資産法
あたりを理解することから始めると良いと思います。
次の記事が参考になるかと思います。
Valuationのおすすめ書籍
Valuationについて、以下の本を読んで勉強するのがおすすめです。
とはいえ、Valuatonの実務はエクセルのモデルを実際に操作してみないと具体的には理解できないと思います。なので、入社前に一通り目を通し、入社後にいくつかのValuationモデルを作成した後に再読すると新たな発見があるでしょう。
はじめの1冊として | 2冊目に読もう |
気軽に読める | |
実務で参照することはあるものの入門者にはややハードルが高い(入社後で十分) | |
3.法令・規制(会社法・金商法・東証規則)
まずは会社法から始めよう
法令・規制、すなわちM&Aのルールについては、まずは会社法の基本を学ぶことに集中しましょう。会社法の基本とは、
- 法人、会社、株式
- 株主有限責任
- 株主総会、取締役(会)、監査役(会)
- 資金調達(増資・自己株式処分)
- 組織再編の4類型(合併、分割、株式交換、株式移転)
といったあたりを学ぶことだと思います。
冒頭に述べた「他社をどうやって買うか?」を具体的に検討する、すなわちM&Aのスキームやスケジュールを考察し提案するためには会社法の幅広い知識が不可欠ですので、入社前から会社法については触れておいた方が良いと思います。
なお、アドイバイザリー実務で扱う組織再編の4類型について、ざっくりとしたイメージを持っていただくための参考記事をあげておきます。
金商法・東証規則は有報と短信の違いを覚える
一方で、金商法と東証規則については入社後に勉強をはじめても差し支えないと思いますが、ひとつだけ覚えておいて欲しいのは、上場会社の決算報告義務についてです。
- 金商法の決算報告 → 有価証券報告書(有報)
- 東証規則の決算報告 → 決算短信
入社すると、Valuationの作業や提案書作成作業で、有報と決算短信ほど触れる頻度の高い外部資料はないといっても過言ではないので、その法的な位置付けを覚えておきましょう。
なお、有報と短信は同じような情報が載っていると思われがちですが、いずれか一方にしか載っていない情報もあるので注意しましょう。
会社法のおすすめ書籍
会社法について、以下の本を読んで勉強するのがおすすめです。
法学部出身とかで特別に会社法を勉強したことがある方以外は、まずは左の会社法リーガルクエスト(LEGAL QUEST)から読みましょう。会社法のみならずM&Aに関連する他の法令についても説明されています。
実際にFAの仕事を続けていくならば、右の江頭先生の株式会社法は必携です。実務や裁判でも参照される絶対権威です。
実務につながる入門に最適 | 実務でも裁判でも参照される決定版 |
4.会計の応用と5.税務は入社後でも大丈夫
会計と税務のM&A関連の部分については、入社後に勉強するということでも差し支えなく、冒頭述べた決算書の読み方を学ぶ際に「連結と単体」の違いに留意して勉強しておけば十分です。簡単に言うと、
- 連結:親会社とその子会社から構成される企業集団全体の決算
- 単体:親会社のみの決算
ということです。
たとえばホールディングカンパニーと呼ばれる持株会社は、連結の決算数値(PL)は大きくなりますが、単体の決算数値はすごく小さくなります。その理由は、一般的に持株会社は事業を運営しているわけではなく(事業の売上高は立たず)、管理面の人員が少し所属しているだけであり、持株会社自身の単体の収益と費用という意味ではほとんど何もないからです。
なお、そのほとんど何もない持株会社の決算報告だけを見ても意味がないので、基本的に決算情報は連結を重視して持株会社とその傘下の事業子会社の業績までセットで見ます。
モチベーションの高い方向けに、M&Aアドバイザリーの仕事をはじめる前でも読めるであろう会計と税務の記事をあげておきます。
さいごに
ということで、投資銀行のジュニアに必要とされる知識は多岐に亘りますが、まずは
- 決算書(BS, PL, CF)の読み方
- Valuationの基本
- 会社法の基本
から勉強してみることをおすすめします。
今回挙げた知識以外にも、株式譲渡契約(SPA)と関連契約(SHA・TSA等)に関する知識やDDレポートの読み方(DDロジまわりの実務もありますね)とか、突き詰めていけば色々ありますが、何はともあれ上記3点から着手するのが良いと思います。
余談ですが、ディレクター(D)やヴァイスプレジデント(VP)といったシニアになると、知識のみならず経験に裏打ちされた「人間力」も必要になってくるのですが、それはまた別の機会に考えてみたいところです。