今回はValuation入門の3回目の記事ということで、Valuationの評価手法を見ていきたいと思います。
まず、Valutionは教科書的にいいますと、
- マーケットアプローチ
- 上場している類似他社や類似する取引事例等と比較することによって相対的に価値を評価
- インカムアプローチ
- 評価の対象会社から期待される利益やキャッシュフローに基づいて価値を評価
- コストアプローチ
- バランスシートに注目して価値を評価
の3つのアプローチに分かれます。
ただし、この分け方は各評価手法のカテゴリーを表しているに過ぎません。
Valuationの3つのアプローチに各評価手法をあてはめてみよう
これらのアプローチに主な評価手法をあてはめると次のようになります。
アプローチ | 主な評価手法 |
マーケットアプローチ |
|
インカムアプローチ |
|
コストアプローチ |
|
この中で、投資銀行のValuation実務で使われる可能性が高いのは、
- 市場株価法
- 類似会社比較法
- 類似取引比較法
- DCF法
- 純資産法(簿価・時価)
の5つの手法です。
ということで、ここからはこの5つの手法を比較してみたいと思います。
各評価手法の比較
投資銀行のValuation実務で登場する各評価手法を比べてみると次のようになると思います。
客観性 | 市場環境の 反映 |
将来性の 反映 |
評価対象の 固有性の反映 |
汎用性 | |
市場株価法 | ◎ | ◎ | ○ | ◎ | △ |
類似会社比較法 | ○ | ○ | ○ | △ | ◎ |
類似取引比較法 | ○ | ○ | ○ | △ | △ |
DCF法 | △(×) | ○ | ◎ | ◎ | ◎ |
純資産法 (簿価・時価) |
◎ | × | × | ◎ | ◎ |
1.市場株価法
特徴
市場株価法は、上場会社のValuationを実施する際にほぼ確実に採られる手法であるといえます。
比較項目へのコメント
- 客観性 ◎
- 一定期間の株価の平均値を算出するものであり、同じ期間ならば誰が計算しても同じ結果となり客観性は極めて高い(終値の平均またはVWAPのいずれかという論点はあるが)
- 市場環境の反映 ◎
- 株価は「株式市場」というマーケットで価格が形成されるものであり、市場環境そのものといえる
- ただし、未公表の情報(インサイダー情報)は市場株価に織り込まれていないため、未公表の情報が株価に与える影響には留意が必要
- 将来性の反映 ○
- 株価は、基本的に将来の業績見込みに基づいて形成されるといわれ、公開情報に基づく(中期的な)将来性は反映されている
- ただし、未公表の情報に基づく将来性や、長期的な観点での将来性については反映されているとは言い難い側面もある
- 評価対象の固有性の反映 ◎
- 市場株価は上場会社のそれぞれ固有の指標であり、固有性は反映されているといえる
- 汎用性 △
- 上場会社でなければ採用できないため汎用性は低い
2.類似会社比較法
特徴
類似会社比較法は、簡易的(初期的)に対象会社の株主価値がどの程度かをざっくり試算する際に有用な手法であるとともに、最終的にM&A取引の相手方との交渉においても重視される手法です。
個人的には、類似会社比較法のマルチプルの水準感を肌感覚で理解できるようになることが、DCF法の些末な論点を気にするより重要だと思っています。
比較項目へのコメント
- 客観性 ○
- 「どこを類似会社とするか」という点で恣意性が入る
- ただし、異なる類似会社でマルチプルの平均値を算出しても、できあがりのマルチプルの幅は似通った倍率になるケースが多い
- マルチプルを乗ずる「EBITDA等の対象会社の指標」には恣意性が入りにくい
- 市場環境の反映 ○
- 類似会社のマルチプルを算出する際に市場株価も含めて分析するため、ある程度の市場環境は織り込まれているといえる
- 将来性の反映 ○
- 類似会社のマルチプルを算出する際に、今期や来期の予想EBITDAに基づいて算出されることが多く、将来の業績見込みがマルチプルに反映されているといえる
- また、そのマルチプルを乗じる対象会社のEBITDA等の指標も、マルチプルに対応して今期や来期の予想値となるため、この観点でも一定程度の将来性は反映されているといえる
- ただし、長期的な観点での将来性については反映されているとは言い難い
- 評価対象の固有性の反映 △
- 前提条件がマルチプル、EBITDA等のピンポイントの財務指標、純有利子負債等であるため、評価対象企業の固有性については反映されにくいといえる
- 特に、対象会社が複数の事業を営んでいる場合、どの事業のマルチプルをあてはめるべきかにつき疑問が残る
- 汎用性 ◎
- 類似会社を決めればどんな対象会社にも適用可能で、汎用性は極めて高い
3.類似取引比較法
特徴
類似取引比較法は、類似会社比較法と同じくEBITDA等の財務指標に一定のマルチプルを乗じるValuation手法です。
ただし、一定の倍率の算出方法が類似会社の市場株価等のデータではなく、類似取引の取引価額をベースにマルチプルを算定する点が特徴です。
なお、そもそも類似する取引とは何かという点と、開示されている取引事例にマルチプルを算出するために必要な情報が記載されていないケースが多いという点に留意が必要です。
比較項目へのコメント
- 客観性 ○
- 「類似取引とは何か」という点で恣意性が入る
- ただし、同一の業界でのM&A等で抽出すれば恣意性の排除はある程度可能
- マルチプルを乗ずるEBITDA等の対象会社の指標には恣意性が入りにくい
- 市場環境の反映 ○
- M&Aマーケットの状況を反映できるため、一定の市場環境の反映は可能
- ただし、評価対象案件と類似取引との時期のズレが大きいと、市場環境の反映に限界がある(M&Aバブルの際の買収案件のマルチプルを不景気のときにあてはめて良いのかという論点)
- 将来性の反映 ○
- 類似取引はその対象会社の将来性を含めて金額を決めたはずであり、ある程度の将来性はマルチプルに反映されるといえる
- また、マルチプルを乗じる対象会社のEBITDA等の指標を今期や来期の予測値とすれば、一定程度の中期的な将来性は反映される
- 評価対象の固有性の反映 △
- 類似会社比較法と同じく、評価の前提条件が少ないため、対象会社の固有性については反映されにくい
- これも類似会社比較法と同じであるが、対象会社が複数の事業を営んでいる場合、どの事業のマルチプルをあてはめるべきかにつき疑問が残る
- 汎用性 △
- 類似取引の情報が取得できれば有用な手法
- しかし、類似案件の取引そのものは公表されていても、買収金額や対象会社の財務数値が非公表であるケースもあり、マルチプルが算定できないケースが多い
4.DCF法
特徴
投資銀行のValuation実務においては、その作業時間のほとんどをDCF法の分析に費やしていると言っても過言ではないかなと思います(要はそれだけ手間暇がかかる)。
また、DCF法の分析のためには、会計・税務やファイナンスの知識等が必要であり、算定者に高い資質が求められるというのも特徴です(類似会社比較法は単純な四則演算で、電卓でも計算できますが、DCF法はエクセルでのモデリングが必須)。
なおDCF法は前提条件が多く、恣意性が入る余地が無数にあります。なので、類似会社比較法等の他の評価手法でDCF法の評価結果が適切かどうかをチェックする必要があります。
比較項目へのコメント
- 客観性 △(×)
- 対象会社の事業計画や割引率等の前提条件次第で評価結果が相当変わるため、客観性は低い
- M&Aの売手と買手で事業計画の見立てが異なることが多く、DCF法の評価結果ですんなりとM&Aの取引条件が折り合うことは少ない(客観性の低さの表れ)
- 市場環境の反映 ○
- 事業計画の策定にあたり、対象会社の経営環境を適切に反映できれば、市場環境の反映も可能と言える(市場環境を無視した事業計画を策定すればそうはならないが)
- 割引率は各種マーケットデータに基づき設定されるため、この観点でも市場環境を反映しているといえる
- 将来性の反映 ◎
- DCF法は将来キャッシュフローを現在価値に割引計算して対象会社の株主価値を算定する手法であり、将来性は織り込み放題である
- 事業計画期間・計数の設定次第で、未公表の情報も、未実現の施策も織り込める
- 評価対象の固有性の反映 ◎
- 対象会社独自の事業計画に基づくため、固有性は極めて高いといえる
- 対象会社が複数の事業を営んでいても、それぞれの事業の計画をベースにSum of the partsでDCFモデルを組み立てれば対応できる
- 汎用性 ◎
- 対象会社の事業計画があれば算定できるため、汎用性は極めて高い
5.純資産法
特徴
純資産法(簿価・時価のいずれも)は、
- 貸借対照表(BS)の純資産の数値=株主価値
という前提に立った評価手法で、特に簿価純資産法は「法」というのも憚られるほど簡単です(単にBS純資産の株主資本の数値を参照する)。
時価純資産法は、対象会社に対するDD(デュー・ディリジェンス)の結果を適切に反映し、簿価純資産を時価に洗い替えて株主価値とする手法です。
ただし、純資産法は企業の将来の収益とキャッシュフローの獲得力を反映させることが困難で、単純に「今解散したらどれだけキャッシュが返ってくるか」という観点での評価であるため、投資銀行が関与するM&A実務では採られにくい手法です。
比較項目へのコメント
- 客観性 ◎
- 対象会社のBSに基づく評価で、特に簿価純資産ならば単にBSの数値を参照するだけであり客観性は極めて高い
- 時価純資産法はDDの検出事項を反映させることになるが、一定以上のスキルを持った専門家ならばほぼ同じような検出事項をあげてくるため(簿価からの調整項目が似通う)、やはり客観性は高い
- 市場環境の反映 ×
- BSを見ても市場環境はわからず、市場環境の反映はできないと思われる
- 将来性の反映 ×
- あくまでも評価時点の擬似的な解散価値を表しているに過ぎず、その対象会社が将来獲得するであろう収益・キャッシュフローという視点はないため、将来性は反映できない
- 評価対象の固有性の反映 ◎
- BSは評価対象企業そのものの財政状態を表したものであり固有性は高く反映されている
- 汎用性 ◎
- BSは株式会社であれば法定書類として存在し、専門家がDDを実施すれば時価への洗い替えも可能であり、汎用性は極めて高い
さいごに・・・投資銀行の実務で特に重要な評価手法
この5つの手法のうち、投資銀行の実務で特に重要な評価手法と思えるのは、
- 市場株価法
- 類似会社比較法
- DCF法
の3つの手法でしょうか。
それ以外の2つの評価手法のうち、まず、類似取引比較法は類似案件のデータがとれれば活用できますが、機会は限定的です。
また、純資産法は、できあがったValution結果がPBR=1を超えるのかどうかという観点のチェック要素として参照されることがある感じです。
なお、非上場会社のValutionでは市場株価法は使えないため、主に類似会社比較法とDCF法の2手法を比べながら分析を進めることになります。
今後はこの3手法について、色々と記事を書いていきたいと思います。