今日は株式譲渡の事前に特別配当をすることによるタックスメリット(税務上の恩恵)について検討してみようと思います。
かなり長大なストーリーになりましたが、簡単な数値例を使いながら説明しておりますし、連結納税導入済の場合の留意点(投資簿価修正)にも触れましたので、M&A案件でおさえておくべき論点は網羅できているかなと思います。
まずは、事例を見てみましょう
売手が株式譲渡の事前に対象の子会社から特別配当を受け、その分だけ株式譲渡価額を減額させることで(結果的に株式譲渡益も減り)、タックスメリットをとろうという考え方は、実は、完全子会社の売却のみならず、公開買付け(TOB)であっても採用できる手法です。
(参考事例)
HK ホールディングス株式会社による日立工機株式会社株券等 (証券コード 6581)に対する公開買付けに関するお知らせ (日立工機:平成29年1月13日)
剰余金の配当(特別配当)、剰余金の配当(特別配当)に関する基準日設定 及び平成 29 年3月期(第 95 期)配当予想の修正に関するお知らせ(日立工機:平成29年1月13日)
事例の一部を抜粋してみましょう。
公開買付者は、対象者及び日立製作所との間で、それぞれ対象者株式の評価額並びに本特別配当の実施及びその金額を含む本取引のスキーム及び諸条件について合意に至ったことから、公開買付者は、本日、本応募株主らとの間で本応募契約を締結し、本公開買付前提条件が充足された場合(又は公開買付者により放棄された場合)に、本公開買付けを実施することを決定し、併せて、対象者株式1株当たりの評価額 を 1,450 円と定め、本特別配当の金額を対象者株式1株当たり 580 円とすることを前提に本株式買 付価格を 870 円と、・・・(中略)・・・それぞれ決定いたしました。
この事例では、
- 特別配当580円 + TOB870円 = 1株当たり価値1,450円
という2つの取引に分けて考えることになります。
なぜ事前に特別配当をしたのかといえば、法人株主(特に親会社である日立製作所)が株式売却益を減額できることによるタックスメリットを享受するためだと推察されます。
事前の特別配当のタックスメリットとは
まず、事前の特別配当によるタックスメリットとは、法人株主にとって株式売却益は益金算入(課税対象)となるものの、受取配当金は益金不算入の制度が使えて(一部)非課税になる仕組みをいいます。
具体的な数値を使って示した方がイメージがわきやすいと思いますので、次の前提で考えてみましょう(まずはシンプルに完全子会社の売却を想定して検討します)。
数値例で考えてみる
【前提】
- P社は完全子会社S社を110でZ社に売却
- P社が保有するS社の簿価は10
- 税率は30%
- ただし、受取配当金は益金に算入されない
ケース1(事前配当なし)
【ケース1:P社はS社に事前配当をさせず、譲渡代金全額をZ社から現金で受領】 | |
現金 110 | S社株式 10 |
子会社株式売却益 100 | |
※P社の本取引による納税額は、売却益100 x 税率30% = 30 |
ケース2(事前配当あり)
【ケース2:P社はS社から事前配当30を受け取り、残額の80をZ社から現金で受領】 | |
現金 30 | 受取配当金 30 |
現金 80 | S社株式 10 |
子会社株式売却益 70 | |
※P社の本取引による納税額は、売却益70 x 税率30% = 21
(受取配当金30は非課税) |
数値例のまとめ
まず、売手が受け取った現金という意味ではどちらのケースでも110で変わりなしです。
一方の買手が引き渡した現金には直接的には違いがあるように見えますが、買手が対象会社を連結化したときのインパクトまで含めて考えれば、いずれのケースでも買手の連結集団として110を負担したということで変わりはありません。
次に、納税額を見てみましょう。事前配当なしのケースでは30あった税額が、事前配当ありのケースでは21に減っており、差額の9が事前配当をすることによるタックスメリットであるといえそうです。
売手にとっては、事前に配当をするだけで納税額が減少するのはメリットですし、買手にとっては、余剰現金を事前に配当してもらうことで自社が対価として用意すべきキャッシュが減るというメリットがあり、双方がWin-winとなりそうです。
買手の「のれん」の金額は変わらない
ただし、ひとつ留意しておいて頂きたいのは、買手にとって事前配当があってもなくても「のれん」の金額は変わらないということです。
事前配当をすれば、用意すべきキャッシュは減るのですが、事前配当をした分だけ対象会社の純資産が減少しているため、「支払った対価 - 対象会社の純資産」で計算される「のれん」の金額には、事前配当の実施の有無は関係がありません。
事前配当のビジネス上の合理的な理由は?
事前配当により売手がタックスメリットを享受できそうですが、この点は税務当局は容認しているのでしょうか。
事前配当は株式買収のケースで相応の頻度で用いられていると思いますが、基本的には特にお咎めは受けていないという認識です。
といいますのも、ビジネス的な観点でも、対象会社に溜まっている余剰現金は、売手の企業集団に属していた時代の成果であるわけで、それを事前に売手が回収することに特段不合理な点はないでしょう。また、買手にとっても余剰現金を持っている会社を現金で買収するということは、「現金で現金を買う」という無駄な部分を含む取引になりますので、余剰現金がない会社にしてから売って貰った方が用意しなければならない現金も減ってシンプルで分かりやすいです。
ということで、ビジネス上も事前に余剰現金を事前配当することには一定の合理性もあり、税務当局も現状では黙認状態なのではないでしょうか。
受取配当等の益金不算入の制度をおさらい
参考記事
以前、次の参考記事で、受取配当等の益金不算入とは何かについて触れました。
(参考記事)
簡単に抜粋して再掲すると、受取配当等の益金不算入とは、次のような制度です。
簡単におさらい
対象会社の何割の株式を保有しているのかによって受取配当の何%が益金不算入になってくるのかが変わってきます(すべてのケースで全額が益金不算入になるというわけではなく、二重課税が完全に排除されているわけではありません)。完全子会社株式であれば全額益金不算入となります。
(出所:国税庁HP)
日立工機の事例では・・・
冒頭にて触れました日立工機の事例では、日立製作所が議決権の51.7%を保有しておりました。なので、上の表に当てはめれば・・・と考えがちですが、そうではありません。
受取配当等の益金不算入は議決権ではなく、株式等保有割合(直接保有分のみ、ただし自己株式は分母から除く)となりますので、千株単位ですが、
日立製作所保有株数40,827÷(発行済株式総数123,072−自己株式21,681)=約40.3%
となり、関連法人株式等(1/3超を保有)に該当し、控除負債利子を無視すれば全額が益金不算入になったのではないかと推察できます。
連結納税を採用している会社の場合は要注意!
FAは気軽にアドバイスする傾向にありますが・・・
株式譲渡の事前に配当をしてタックスメリットをとろうという話は、結構分かりやすくて、かつ実益もとれるので、株式譲渡案件のFA提案を行くときには、大抵の場合にセットで説明されることでしょう。
また、実際の案件中もFAから、
- 「事前に配当をした方がタックスメリットをとれてお得ですよ」
といったアドバイスがなされるかもしれません。
でも、売手が連結納税を採用している場合には、そうは事が運ばない点に注意が必要です。
連結納税制度における、いわゆる「投資簿価修正」とは?
連結納税制度には、いわゆる「投資簿価修正」という制度があります。
詳細は、次の国税庁のホームページを併せてご参照下さい。
(参考:投資簿価修正の概要(国税庁))
株式譲渡と投資簿価修正の関係を簡単に説明しますと、
- 連結納税制度を採用している親会社が、その連結納税グループに属する完全子会社を売却する際には、対象子会社の連結納税グループ加入期間中に変動した利益積立金相当だけ投資簿価を調整して売却損益を認識することになる
- なお、事前に特別配当をした場合には、その分だけ利益積立金が減少するため、投資簿価の切り上げ額も減少し、結果として株式売却益は増加する
となります。
(参考記事:投資簿価修正についてまとめました)
文字で書いてもイメージがわきにくいと思いますので、ここでも数値例を用いて考えてみましょう。
投資簿価修正を数値例を用いて考えてみる
【前提(赤字部分を追加)】
- P社は完全子会社S社を110でZ社に売却
- P社が保有するS社の簿価は10(投資簿価調整前)
- 税率は30%
- ただし、受取配当金は益金に算入されない
- S社の純資産は40(内、資本金等10、利益積立金30)
ケース1(事前配当なし)
【ケース1:P社はS社に事前配当をさせず、譲渡代金全額をZ社から現金で受領】 | |
現金 110 | S社株式 40(※1) |
子会社株式売却益 70 | |
(※1)S社株式の簿価10+S社利益積立金相当の投資簿価修正30
※P社の本取引による納税額は、売却益70 x 税率30% = 21 |
ケース2(事前配当あり)
【ケース2:P社はS社から事前配当30を受け取り、残額の80をZ社から現金で受領】 | |
現金 30 | 受取配当金 30 |
現金 80 | S社株式 10(※1) |
子会社株式売却益 70 | |
(※1)S社株式の簿価は投資簿価修正の+30が入る予定であったが、事前配当をした結果、S社の利益積立金がゼロとなったため、簿価は10のままとなる
※P社の本取引による納税額は、売却益70 x 税率30% = 21 (受取配当金30は連結納税グループ間の取引であり非課税) |
数値例のまとめ
連結納税を採用している場合、投資簿価修正があるので事前配当をしなくても投資簿価が切りあがる関係で、株式売却益は減少します。
数値としては、連結納税を採用していないケースの事前配当ありのケースと同様の税額となります。
この理由は、投資簿価修正という制度が、二重課税を避けようという趣旨で作られている制度ですので、対象会社S社の利益積立金30は既に課税された後の利益であり、その分は非課税として取り扱いますよというものだからです。
簡単にいえば、連結納税を採用している場合には、
となります。
なので、連結納税を採用している会社の場合には、タックスメリットを享受するための事前配当という趣旨ではなく、余剰現金を吸い上げるためという目的だけになるわけです。
※なお、本数値例は投資簿価修正のイメージをもっていただくために簡易化して示しておりますので、実際の案件では税理士等の専門家を含めて精緻な計算が必要な点にお気を付け下さい。
ただし、連結納税グループ内の子会社なのか確認は必要
連結納税を導入している親会社の場合には注意が必要と書きましたが、あくまでも連結納税グループ内の子会社(通常は完全子会社)を売却する際の話です。
すなわち、連結納税グループ内の子会社を売却する際には投資簿価修正に留意が必要ですが、連結納税グループ外の子会社を売却する際には、そもそも投資簿価修正は考慮されません。
ゆえに、連結納税グループ加入外の子会社売却は、単体納税と同様に特別配当によるタックスメリットが享受できるか可能性が高く、その実効性を検討していくことになります。
さいごに
近年は連結納税を採用している会社が格段に増えてきています。
連結納税加入時の時価評価問題も、スクイーズアウト税制の整備と共に平成29年度税制改正でもさらに導入しやすい方向性へ変わってきております。
売主が連結納税を導入している会社なのかどうかによって、特別配当の意味合いが変わることには留意しておいた方が良いと思います。
なお、連結納税導入済みの会社であっても、100%未満の子会社は連結納税グループ外の会社となりますので、売却の場合には引き続きタックスメリットの享受もできるという点も覚えておきたいところです。
いずれにせよ、税務関連の正式な意思決定は税理士による確認・助言が必要となりますので、FAとしては、税理士も巻き込みつつ、担当し案件でどのような課税関係になるのかを整理していくという進め方が無難だと思います。