今回は、前回からの記事の続きで、自己株式の買付けの会計・税務処理の後編として、自己株式の買付けに応募した法人株主のどこにタックスメリットがあるのかを見ていきたいと思います。
また、みなし配当の法人税法上の定義も確認し、例外的にみなし配当が発生しないケースや、みなし配当の益金不算入が否定されるケースもその理由も含めて、みなし配当を網羅的に確認していきます。
法人株主のタックスメリットはみなし配当だけではない
前回の数値例では甲氏は自然人でしたが、一般的な法人株主の場合も同様の税務処理になりますので、自己株式の買付けに応募した株主の仕訳を一般化すると、次のようになります。
【自己株式の買付けに応募した株主の税務処理(一般化)】 | |
現金 XXX | 投資有価証券 XXX(保有簿価) |
株式売却損益 XXX (発行体の1株当たり資本金等と保有簿価との差額) |
みなし配当 XXX (発行体が減少させた利益積立金に対応) |
法人株主のタックスメリット1・・・株式売却損の損金算入
前回の記事で確認したように、自己株式の取得について、会計上と税務上の譲渡損益の金額は異なります。
実際には、会計上は株式売却益となっていてるけれども、税務上は株式売却損が計上されることになるケースが多いです。
これは、株式売却損益が発行体が減少させた資本金等と自分の保有簿価との差額によって算出されるため、歴史の古い会社なんかでは1株当たり資本金等はかなり低廉になっており、多額のみなし配当が発生するからです。
そして、税務上、法人株主はこの株式売却損益が損金に算入されることになるため、税金を引き下げる効果があり、これがタックスメリットであるといえます。
法人株主のタックスメリット2・・・みなし配当の益金不算入
みなし配当は、法人税法上の受取配当等の益金不算入の対象となる配当となります(普通の金銭配当と同様の扱い)。
そもそも受取配当等の益金不算入とは
受取配当等の益金不算入の制度について簡単におさらいしてみます。
この制度は二重課税を避けようという考えが根底にありますが、イメージがわきやすいように、たとえ話で考えてみます。
- AA社がBB社の株式を100%保有
- BB社の1年間の税引前利益(課税所得も同額)は100
- BB社から配当を受けたAA社の課税所得はBB社からの配当以外はゼロ
- 税率40%
この場合、BB社の税引後利益は税率40%を乗じて60となります。
AA社の税引前利益はこの配当60のみとなるので、普通に考えれば、60に税率40%を乗じた24を税金として納めて、36が税引後利益となります。
仮にAA社に別の完全親会社が居て、、、ということで同じことを繰り返してくと、税引前利益に40%の税率を乗じた後の税引後利益を配当するということの連続になってしまい、結果的に配当額はどんどん少なくなります。
この問題点は、そもそもBB社のところで税引前利益に課税されて税金を納めているのに、改めてAA社においても課税している点にあります。
それなのに、税引後の成果の分配であるはずの配当金に対して課税するのは二重に課税していることになってしまっています。
税法の考え方には二重課税は原則としては避けようというものがあり、すでに課税された概念は原則として益金に入れなくて差し支えない、となります。
具体的には受取配当については法人税法第23条第1項に規定されていますので、その条文を抜粋してみましょう。
(受取配当等の益金不算入)
第二十三条
内国法人が次に掲げる金額(第一号に掲げる金額にあつては、外国法人若しくは公益法人等又は人格のない社団等から受けるもの及び適格現物分配に係るものを除く。以下この条において「配当等の額」という。)を受けるときは、その配当等の額(完全子法人株式等、関連法人株式等及び非支配目的株式等のいずれにも該当しない株式等(株式又は出資をいう。以下この条において同じ。)に係る配当等の額にあつては当該配当等の額の百分の五十に相当する金額とし、非支配目的株式等に係る配当等の額にあつては当該配当等の額の百分の二十に相当する金額とする。)は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、益金の額に算入しない。
一 剰余金の配当(株式等に係るものに限るものとし、資本剰余金の額の減少に伴うもの及び分割型分割によるものを除く。)若しくは利益の配当(分割型分割によるものを除く。)又は剰余金の分配(出資に係るものに限る。)の額
二号以下、略
読みにくい条文ですが、括弧内を無視して読むと、
となります。
括弧内は、どれだけの割合を益金不算入にしてあげようかということを定める内容であり、最新の税制改正にて、次のような割合で益金不算入となるようになっています。
相手方の何割の株式を保有しているのかによって受取配当の何%が益金不算入になってくるのかが変わってきます(すべてのケースで全額が益金不算入になるというわけではなく、二重課税が完全に排除されているわけではありません)。
直近の改正で、純投資と考えられる「5%以下」は20%しか益金不算入にならなくなってしまいました。
その代わり、関連法人株式等(1/3超の保有)ならば全額益金不算入になると改善されました(控除負債利子の考慮は必要ですが)。
(出所:国税庁HP)
みなし配当の定義(法人税法)
次に、みなし配当の定義について確認していきましょう。
みなし配当は、法人税法第24条1項に規定されています。
(配当等の額とみなす金額)
第二十四条
法人(公益法人等及び人格のない社団等を除く。以下この条において同じ。)の株主等である内国法人が当該法人の次に掲げる事由により金銭その他の資産の交付を受けた場合において、その金銭の額及び金銭以外の資産の価額(適格現物分配に係る資産にあつては、当該法人のその交付の直前の当該資産の帳簿価額に相当する金額)の合計額が当該法人の資本金等の額又は連結個別資本金等の額のうちその交付の基因となつた当該法人の株式又は出資に対応する部分の金額を超えるときは、この法律の規定の適用については、その超える部分の金額は、第二十三条第一項第一号又は第二号(受取配当等の益金不算入)に掲げる金額とみなす。
括弧書きを端折って、構造を分かりやすくして読むと、
- 法人の株主等である内国法人が【法人株主が】
- 当該法人の次に掲げる事由により金銭その他の資産の交付を受けた場合において、【自己株式の買付け等にて他の法人から金銭交付を受けた場合で】
- その金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額が当該法人の資本金等の額又は連結個別資本金等の額のうちその交付の基因となつた当該法人の株式又は出資に対応する部分の金額を超えるときは、【1株当たり資本金等を超えた場合の超過額は】
- この法律の規定の適用については、その超える部分の金額は、第二十三条第一項第一号又は第二号(受取配当等の益金不算入)に掲げる金額とみなす【みなし配当とする】
となります(青ハイライトをつなげて読んでみて下さい)。※正しくは、2個目のポチは24条の1項各号に該当します。
要するにみなし配当は益金不算入になるから課税所得が増えない
長々とみなし配当について見てきましたが、ポイントは、
ということです。
法人株主のタックスメリットまとめ
以上をまとめると、
- 株式譲渡損が損金算入されて課税所得を押し下げる効果
- みなし配当が(一部は)益金不算入となり課税所得を押し上げないで済む
という点が、自己株式に応じた法人株主のタックスメリットとなります。
みなし配当が発生しない自己株式の買付け
基本的には自己株式の買付けに応募した株主にはみなし配当が発生しますが、全ての自己株式の買付けでみなし配当が発生するというわけではありません。
みなし配当が発生しない自己株式の買付け
例外的にみなし配当が発生しない自己株式の買付けを列挙しますと、
- 市場における自己株式の購入
- 合併等で非合併法人から移転により取得 & 事業の全部の譲受けに伴う取得
- スクイーズアウト(少数株主の退出)等
- 単元未満株式の買取りの請求又は一に満たない端数の処理の規定による買取り
- 全部取得条項付種類株式に係る一定の取得決議
- スクイーズアウトに係る反対株主の買い取り請求
- 合併に反対する当該合併に係る被合併法人の株主等の買取請求に基づく買取り
といったケースがあります。
1.市場取得
市場取得とは、主にToSTNeTの利用が想定されていると思います。
2.合併等で非合併法人から移転により取得 & 事業の全部の譲受けに伴う取得
これは、自己株式の取得を目的としないM&Aで、自己株式がくっついてきたというケースです。
3.スクイーズアウト等
完全子会社化のためのスクイーズアウト手続(少数株主の退出手続)において、親会社以外の株主を端数処理して金銭交付で退出という手法がありますが、この場合に会社が端数を取得してもみなし配当は発生しません。
また、スクイーズアウトの手法によっては、反対株主の買い取り請求がある手法もあります(株式併合の反対及び全部取得条項を付す定款変更の反対)が、これらの反対株主の買い取り請求についてはみなし配当は発生しません。
※このカテゴリーには単元未満株式の買い取りも含まれ、必ずしもスクイーズアウトの場合のみを考慮しているわけではないため、スクイーズアウト「等」としております。
4.合併に反対した被合併法人の株主の買取請求
合併に反対した被合併法人の株主の買取請求は、仲間はずれ的にみなし配当が発生しません。
合併存続法人株主、会社分割の株主、株式交換・移転の株主、要するに被合併法人の株主以外の買取請求では、みなし配当は発生します。
しかし、被合併法人株主の場合、被合併法人が解散してしまうため、みなし配当の源泉徴収ができないことからみなし配当を認識しない設計になっているといわれています。
みなし配当の益金不算入が否認される自己株式の取得
最後に、みなし配当は発生するけれども、益金不算入の対象外となってしまうケースを挙げておきます。
2010年(平成22年)の税制改正によって、
との整理になりました。
これは、簡易モデルを使って、この規制がないといかに不合理なのかを見るのが分かりやすいと思います。
理解のための簡易モデル
【前提】
- 1株あたり資本金等が100のA社がTOBを公表
- 買付け価格は160で市場株価も160にはりつき
- 甲社が市場から160で1株調達しTOBに応募
この前提で、税務上の仕訳を作ると次のようになります。
【税務仕訳_甲社_A社株式の調達】 | |
A社株式 160 | 現金 160 |
【税務仕訳_甲社_TOB応募】 | |
現金 160 | A社株式 160(保有簿価) |
A社株式売却損 60(※1) | みなし配当 60(※2) |
(※1)1株あたり資本金等100から甲社の取得簿価160をマイナスすると▲60 (※2)1株あたり資本金等を超過してA社が支払った部分は利益積立金の減額、応じた株主はみなし配当として認識 |
仮に、みなし配当の50%益金不算入だとすると、甲社は現金を使わずに譲渡損60を作り出して損金30(譲渡損60からみなし配当の50%相当の30を控除)を得てしまいます。
打ち出の小槌は否定されるべき
TOBが公表された後に、ちょろっと取引をすれば損金が作り出せるとなると、課税所得の多い法人に取ってみれば、TOBへの応募は打ち出の小槌みたいなものになってしまいます。
こんな状況を税務当局が許すわけがなく、自己株式として取得されることを見越して取得した株式に関しては、みなし配当の益金不算入が認められなくなりました。
今回のケースのようにTOB公表後に株式を取得して応募するなんていうのは典型的な否認案件だと思います。
さいごに
M&Aの取引において自己株式の買付けはそれなりにテーマにあがることが多いように感じます。
今回の記事が参考になれば幸いです。