自己株式の買付けの会計・税務処理(前編) 〜みなし配当とは何か?〜

M&A講座
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今回から2回に分けて自己株式の買付けの会計・税務処理を確認していきつつ、みなし配当も説明していきたいと思います。

M&Aのスキームを検討するときに、

「自己株式の買付けについて、法人株主はタックスメリットがとれて有利になるね」

といった会話がなされることがあります。

この会話は結構深いことを言っており、自己株式の買付けに関する会計と税務の処理を正しく理解できて、初めてその全貌がつかめることになります。

すべてを理解するためには相応の道のりになりますが、まずは、会社側と株主側の会計と税務の処理をゼロから確認することからはじめていきましょう。

自己株式の買付けの会計・税務の処理を数値例で学ぶ

数値例の前提

たとえば、非上場のS社という会社があって、その前提条件は以下のとおりとします。

【前提】

【S社のBS(単体)】
現金 900 資本金 600
利益剰余金 300
  • S社の発行済株式は100株
  • S社株主の甲氏(自然人)はS社株式を10株保有(取得簿価は1株当たり7)
  • S社が甲氏から自己株式10株を相対取得し、対価は100(1株当たり10)

会計処理

S社の会計処理

【S社の会計処理】
自己株式 100 現金 100

S社の会計処理は、現金100で自己株式10株を取得したということで、シンプルな仕訳になります。

株主の甲氏の会計処理

【甲氏の会計処理】
現金 100 S社株式 70
株式売却益 30

甲氏は1株当たり7で保有しているS社株式10株を、総額100で売却したのでこのような仕訳になります。

会計の仕訳はあまり悩むところはないかなと思います。

税務処理

S社の税務処理

【S社の税務処理】
資本金等 60(※1) 現金 100
利益積立金 40
(※1)S社の1株当たり資本金等の6に10株を乗じて算出

税務処理は会計処理のようにシンプルには処理できません。

まず、税務上は「自己株式」という勘定科目はなく、自己株式の買付けは有償減資と同様の税務処理となります。

すなわち、1株当たり資本金等を取得した株式数分だけ減額させ、差額は利益剰余金を減少させることになります。

なお、S社において減額させた利益積立金は株主側において「みなし配当」として認識されることになります。

株主の甲氏の税務処理

甲氏の税務処理も一筋縄ではいきません。

まずは、整理できそうな事実をまとめてみましょう。

  • 受け取った現金は100
  • S社株式の簿価は70
  • みなし配当は40(S社が減少させた利益積立金の金額で自動的に決まってしまう

ただし、これだけでは、貸借が一致しません(借方側が10足りない)が、一旦仕訳的に表してみます。

【甲氏の税務処理(貸借が一致しない誤った処理)】
現金 100 S社株式 70
??? みなし配当 40(※1)
(※1)S社が減少させた利益積立金に相当

正しく仕訳を作るためには、差額を株式売却損益として認識することになります。その方針で、正しい税務上の仕訳を表すと次のようになります。

【甲氏の税務処理(正しい税務処理)】
現金 100 S社株式 70
株式売却損 10(※1) みなし配当 40(※2)
(※1)差額
(※2)S社が減少させた利益積立金に相当

税務上の株式売却損益はみなし配当を認識した後の差額となるため、会計上の株式売却損益とは異なる金額となります。

この数値例では、

  • 会計上の売却損益 → 30の益
  • 税務上の売却損益 → 10の損

となっています。

では、このゆがみを作った原因である「みなし配当」とは何でしょうか。

みなし配当 とは何か?

そもそも、自己株式の買付けに応募した株主は会社から金銭の支払いを受けることになります。

一般的に税務上は金銭のやりとりがあった際に、それが課税取引なのかどうかということを問題にします。

そこで、今回のような自己株式の買付けによって金銭のやりとりがあった場合、税務上は会社が株主に金銭を支払うという行為を2つに分けて考えることになります。

  1. 資本金等の払い戻し(元本の払い戻し)
  2. 利益の分配(会社の成果の分配)

実際に、甲氏の税務仕訳をさらに細かくすると次のような2つの仕訳に区別できそうです。

(1)資本金等の払い戻し(元本の払い戻し)

【甲氏の税務処理を分解(元本の払い戻し)】
現金 60(※1) S社株式 70
株式売却損 10(※2)
(※1)S社が減少させた資本金等に対応
(※2)差額

まず、1つ目の仕訳は、甲氏にとっての投資元本の払い戻しの処理です。

甲氏の投資元本は70ですが、S社は元本としては資本金等を60しか払い戻していないので、差額が発生し、その差額は株式売却損益となります(今回は損の方)

(2)利益の分配(会社の成果の分配)

【甲氏の税務処理を分解(会社の成果の分配)】
現金 40 みなし配当 40(※1)
(※1)S社が減少させた利益積立金に対応

次に、2つめの仕訳は、S社が成果としての利益を分配(配当)しているとみなせる部分の処理です。

こちらは、甲氏としては毎期の普通の配当のように、金銭の受け取りと受取配当の認識をします。

さいごに

みなし配当が何なのかは少し見えてきましたが、これがなぜ

「自己株式の買付けに応じた法人株主のタックスメリット」

につながるのでしょうか。

次回の記事では、このあたりを考えてみたいと思います(次回に続きます)。

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