前回までの記事で、事業のカーブアウトの手法として、会社分割と事業譲渡を比較しました。
今回は、事業のカーブアウトを受ける側、すなわち事業の買手のFAとして起用された場合を想定して、買手目線ではどのような点に留意しておくべきか見ていきたいと思います。
事業のカーブアウトを受ける買手は、主に、
- スタンドアローン問題(ValuationとPMI)
- 買収スキーム(事業買収 or 株式買収)
といった辺りに留意しながら案件を検討していくことになります。
スタンドアローン問題
スタンドアローン問題とは
スタンドアローン問題とは、
- 企業グループの一部をカーブアウトするときに、その切り出される一部だけでは、単独の企業と比してその機能に欠けている部分がある
という問題のことです。このような定義だけではイメージがつかみづらいかもしれませんので、具体例を示してみます。
なお、スタンドアローン問題は、企業グループの一部をカーブアウトする際に生じるということで、事業部門のカーブアウトのみならず、子会社売却でも発生し得る問題です。
1.ITシステム・管理機能に関するスタンドアローン問題
たとえば、ある事業部を切り出す場合を想定してみます。事業部として自前で完結する会計システムを持っていることはないので、改めて買手として自社の会計システムへどのように取り込んでいくのかを検討していく必要があります。
また、仮に買収対象が子会社であったとしても、経理機能・システムを親会社に委託している場合は、子会社単独では経理機能を果たせません。
このように事業部門や子会社が管理機能やシステムを自前で持っていない場合がスタンドアローン問題のひとつの類型といえそうですが、実は、管理機能やシステム以外にも、スタンドアローン問題は広汎に存在します。
2.事業面でのスタンドアローン問題
次に、製造業をイメージしてみましょう。
製造業を営む会社が一つの事業部を切り出す際には、他社が買収した後に工場(生産機能)をどうするかというスタンドアローン問題はほぼ間違いなく発生するでしょう。
また、子会社売却であっても、子会社が製造設備を自前で持っておらず、親会社の工場の一部を間借りしているとか、購買(調達)は親会社任せとか、親会社任せとまでは行かないものの、親会社の信用力で有利な購買条件になっていたりするという論点があったりします。
また、子会社の一部に親会社の社名(ブランド)が使われていて、その信用力が事業の色々な場面で発揮されているというケースも相応にあります。
これらもスタンドアローン問題の一種と言えそうです。
3.その他にもある様々なスタンドアローン問題
さらに、人材面でも子会社が親会社から出向者を受け入れて事業が成り立っているといったケースもあり、人材面でもスタンドアローン問題は存在ます。
スタンドアローン問題は幅広く、まとめてみると以下のような感じとなります。
スタンドアローン問題の例示(これらに限りません)
- 自前のITシステムが存在しない(会計面のみならず、販売・調達等の機関システムも)
- 工場(設備)・オフィスを親会社から間借りしている
- 人材を親会社からの出向としている
- 企業グループの信用力をベースにした取引条件
- ブランド(社名)
- 特許・技術
- 管理機能全般の親会社への依存
いずれのスタンドアローン問題についても、買収前や買収後(PMI)に適切に対応していく必要があります。
特に、買収前に対応が必要な項目については、最終契約書(DA)においてその対応を売手の努力義務にしたり、場合によってはディールの前提条件にしたりする必要があり、買手のFAとしてもそれらの扱いは慎重に検討していく必要があります。
スタンドアローン問題とValuation
次に、スタンドアローン問題のValuationへの影響をみていきます。
提示された事業計画にはどの程度スタンドアローン問題が考慮・反映されているか
買収案件では、対象会社(対象事業)の事業計画が提示されて、それをベースに買手が価値評価をしていきます。
その際に、買手側のFAとしてもは、売手から提示された事業計画(Valuationの前提)が、これらのスタンドアローン問題をどの程度考慮・反映しているのかをヒアリングして確かめる必要があります。
たとえば、新たにITシステム投資が必要になるのに、それが反映されていないとか、購買条件が悪化するかもしれないとか、そういう点が考慮されているのかということを確かめていくわけです。
ただし、実務上たいていの場合は、スタンドアローン問題は未考慮の事業計画が提出されます(買手側にとっては困ったことですが・・・)。売手側では、どのようなITシステム投資が必要なのかとかどの程度信用力が落ちるのか等を定量化するのが困難であるという事情もあるわけで、売手だけに責任があるわけではないところです。
事業面の影響を見積もるためには売手に直接ヒアリングする必要あり
いずれにせよ、特に事業面に関するスタンドアローン問題は、その影響の概算をヒアリングを通じて見積もる必要があります。
といいますのも、管理面でITシステム投資がどれくらい必要になりそうなのかは買手が独自に見積もることもある程度は可能だったりしますが、事業面でどれくらい影響があるのかは売手のヒアリングしないと確かめようも無いからです。
そういう意味で、買手自らがこのスタンドアローン問題に注視する必要があり、さらにデュー・ディリジェンス(DD)を実施する専門家にもどのようなスタンドアローン問題があって、その解消にどの程度のコストが見積もられるかを併せて分析することを依頼しておくことも必要になると思います。
FAとしての関与は・・・
なお、FAとしては色々なValuationのシナリオを策定するための情報として、前提となるスタンドアローン問題とその金額インパクトは、クライアントから提示していただかないとシナリオを策定しようがないというところです。
前提を十分に提示していただけたことを想定して、どのようにクライアントへValuation結果を見せていくかという観点では、
- マネジメントケース(入手した事業計画そのまま)
- マネジメントケースにスタンドアローン問題への対応を考慮したもの(本来的な意味でのスタンドアローンの事業計画)
- 上記2.の計画に買手が想定する諸要素(プラスとマイナスのシナジー効果)を織り込んだケース(買手のシナリオ:複数作る場合も)
の3つに区分して示すことになるかと思います。
「1.マネジメントケース」は何も考えずにValuationモデルに入れてみましたということで、スタンドアローン問題も無視しているため、ほぼ意味のない金額になるんだけども、売手の売却目線を探るという意味では分析する価値はあると思います。
「2.マネジメントケースにスタンドアローン問題への対応を考慮したもの」というのが、本当の意味で対象事業(対象会社)が独り立ちした場合のスタンドアローンの評価になります。
そして、買手が見込む各種シナジー効果(プラスもマイナスも)を織り込んだ計画に基づくValuation結果もあり、報告値は多岐にわたることになります。
(次回に続きます)