週刊M&Aバンカー第50号:期末日(基準日)の後に定款の基準日規定を削除すると定時株主総会の議決権と配当はどうなる?

週刊M&Aバンカー
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たまには天候の話題ですが、長雨続きで洗濯物が部屋干し臭がして辟易する毎日です。特にタオルは乾きにくいし困ってます。早く梅雨明けしてくれると良いのですけどね(まあ、そしたら今度は暑さに参ってそうですけど)。

さて、今週は、

【M&A講座】期末日(基準日)の後に定款の基準日規定を削除すると定時株主総会の議決権と配当はどうなる?

です。

完全子会社化の効力発生日が期末日(定時株主総会基準日)を超えてしまった場合、定時株主株主総会には「一般株主であったひとたち」を招集しなければならないのかと悩む後輩の疑問を見ていきましょう。

(文頭のマークが◆◆→先輩、◎→後輩 です)

【M&A講座】期末日(基準日)の後に定款の基準日規定を削除すると定時株主総会の議決権と配当はどうなる?

今回のポイント

完全子会社化の効力発生日が期末日を越えてしまった場合、定款に定められたの定時株主総会及び配当の基準日(期末日)において複数の一般株主が存在しています。

このまま何ら対応しなければ、完全子会社化後に既に株主でなくなった一般人(旧一般株主)を株主総会に招集することになり煩雑かつ不合理であり、また配当も支払わなければなりません。

この点に関して、完全子会社化後に一人株主となった親会社が定款変更をして基準日の枠組みを消すことで、定時総会に一般株主を招集しなくても差し支えなしとなるのでしょうか?

また、同様に配当の基準日を消すことで、期末日の株主に配当を支払わなくてもOKとなるのでしょうか。

今回の記事は商事法務2146号の「基準日経過後の定款変更による基準日規定の削除(内田修平 弁護士 著)」を参考にしております。

1. 定時株主総会の基準日について

完全子会社化の効力発生日が期末を越えることに困る後輩

◎先輩こんにちは。いまTOB+現金対価スクイーズアウトによる完全子会社化案件を検討していまして。

◆◆そうなんだ、相変わらず完全子会社化案件は結構あるねえ。親と子のどちら側に着くの?

◎親側ですね。それで、TOBの決済は今期中に終わる見込みなのですが、スクイーズアウトの手法が

  • 株式等売渡請求
  • 株式併合

のいずれであっても、効力発生日が対象会社の期末日を越えて来期になりそうなんですよ。

◆◆ふむふむ。

◎それで、お客様から素朴な疑問として、

期末日を越えて完全子会社化した場合、定時株主総会にはスクイーズアウトされた一般株主(一般人)を招集しなければならないんですか?
定款に定時株主総会の基準日の定めがありますから気になっております。

と聞かれたんですよね。

◆◆たしかにその点は気になるね。

◎いろいろ事例とか調べたんですが、完全子会社化後の話なのでIRニュースとかにも出ておらず、定時総会に一般株主を呼んだのかどうかがよくわからなかったのです。

◆◆なるほど、疑問点はわかったよ。順を追って説明するけどまず結論から述べれば、

定時株主総会基準日を越えて完全子会社化がなされた場合、定時株主総会に一般株主を招集しなくても差し支えなし(代わりに親が一人株主総会を開催)となる対応策あり

といった感じだよ。

◎へえ、それは意外ですね。完子化後の定時総会にひっそりと一般株主を呼んでいるのではないかと推察してましたから。

◆◆一般株主は呼ばなくても大丈夫だから、安心してOKだよ。具体的には商事法務2146号の「基準日経過後の定款変更による基準日規定の削除(内田修平 弁護士 著)」を読んでもらえばわかるんだけどね。

前提を確認するため、各イベントを時系列で表してみる

◆◆まず、時系列を正しく理解するために、各イベントをタイムラインで示すとこんな感じかな?

  • TOB資金決済
    • 株式併合の場合
      • 株式併合に係る臨時株主総会招集手続
      • 期末日(基準日)
      • 株式併合に係る臨時株主総会(あわせて定款の基準日の規定を削除)
      • 株式併合の効力発生日(完全子会社化)
      • 定時株主総会(親会社が議決権行使者)
    • 株式等売渡請求の場合
      • 株式等売渡請求に係る手続
      • 期末日(基準日)
      • 株式等売渡請求の効力発生日
      • 親会社による一人株主総会(定款の基準日の規定を削除)
      • 定時株主総会(親会社が議決権行使者)

◎TOBで90%確保できたかどうかでスクイーズアウトの手法が変わりますが、いずれの場合もそのような進め方が想定されますね。

◆◆ポイントは、定款に定められた基準日において株主に対して何らか権利が確定するかどうかってことだよね。

◎そうなんです、今回の疑問につなげて言えば、

基準日の株主には「定時株主総会の議決権行使の権利」が与えられるのではないか?

ってことが論点ですよね。

基準日は便宜上設けられた制度

◆◆理想論をいえば、定時株主総会の開催日の実際の株主を招集して議決権行使してもらう枠組みがあるべき姿なんだけど、上場会社では総会当日に株主を特定して議決権行使してもらうのは実質的に不可能だよね。

◎それはそうですね、多数の株主が存在していて、さらにそれが株式市場での売買によって刻々と変わりますから。

◆◆そうだよね。ゆえに、便宜上「基準日」の制度を設けて、その基準日の株主に議決権を行使してもらっているんだよね。

◎つまり、基準日は「例外的な方法」ってことですか?

◆◆「例外」っていうと語弊があるから「許容されている」と考えた方がいいかな。商事法務の記事によれば、

一定時点の株主名簿上の株主に権利行使を認めるという技術的要請に基づき設けられた制度

ということらしいよ。

◎なるほど、「技術的要請に基づき・・・」ってことですか。

◆◆ゆえに、完全子会社化の効力発生日を迎えて基準日株主各位が会社と実質的な利害関係を持たなくなったのであれば、基準日に強い意味を持たせる必要性は乏しくなると整理できるんだ。

◎要は、一人株主状態になって”理想的な”定時株主総会の招集ができるようになったのにもかかわらず、基準日の縛りに意味を持たせ続けるのはナンセンスってことですね。

基準日を頑なに守ることの不合理さと実害

◆◆そうだね。さらに、仮に定時株主総会に一般株主に招集しても、その終了後すぐに一人株主である親会社が改めて株主総会を開催すれば定時株主総会の議決を無視することも可能だよね。

◎たしかに一人株主であれば書面決議や招集手続を省略した臨時株主総会が可能ですね。

◆◆そういう観点でもスクイーズアウトされた一般株主を招集するのは実質的な意義が乏しいともいえるし、そういう意義の薄い株主総会開催のために相応のコストを対象会社が負担して定時株主総会の招集・開催手続対応をするのはむしろ「実害」であるとのことだよ。

定款の基準日規定削除を決議する株主総会には必ずしも一般株主が参加する必要はない

◎ここまでは理解できたのですが、定款の基準日規定を削除するための株主総会には一般株主が参加する必要があるんですかね?

◆◆結論からいえば、「基準日」の趣旨から鑑みてその削除を決議するときに一般株主が決議に参加しなくても良いとの整理なんだよ。

◎株式併合を臨時株主総会で決議するのであれば一般株主も議決権を行使できますが、株式等売渡請求の場合は対象会社側の臨時株主総会が不要であり、だれがいつ基準日規定を削除するんだろうと疑問に思っておりまして。

◆◆株式等売渡請求の場合には、効力発生後すみやかに親会社が一人株主として定款変更の決議を行なって基準日規定を削除すればOKとのことだよ。

◎ということは当初の疑問に立ち返ると、基準日というのは必ずしも株主総会の議決権行使の権利が「確定」される枠組みではないってことですね。なので、将来において遡及的にその基準日株主としての権利(のようなもの)が剥奪され得ると。

◆◆そのとおり。ゆえに、それを削除することで(削除が基準日経過後であったとしても)、定時株主総会の議決権は開催日の株主=親会社に与えられることになるんだ。

2. 配当の基準日について

「権利落ち」との整合性

◎うーん、ちょっと話がズレるのですが、「権利落ち」ってあるじゃないですか。

◆◆上場会社の株式売買においては約定日と受渡日に差があるからね。翌日以降に約定すると受渡日が期末を越えますよっていう日を権利落ち日とかいうよね。

◎ええ。配当の権利落ち後は配当分だけ株価が下がりますよね。これって配当のみならず株主総会の議決権行使にも価値がついていてその分も含めて株価が落ちているという整理もできるんじゃないかなっていう気がするのです。

◆◆たしかに事例として権利落ち日の翌日に株価が下がりやすいというのはそのとおりなんだけども、その下がった要因が

  • 配当をもらえなくなるから
  • 議決権行使ができなくなるから
  • それ以外の対象会社の何らかのニュースに反応したから
  • 株式市場全体の影響を受けたから

のいずれなのかはわからないよね。なので権利落ち日の翌日に株価が上がることもあるし。

◎たしかに権利落ち日の翌日に株価が上がるケースもありますね。

◆◆ちなみに、法的には配当支払請求権は剰余金の配当に係る決議(株主総会or取締役会)がなされるまでは具体的な債権としては発生しないものと解されているらしいんだ。

◎え? それなら、配当の基準日に株式を所有していても、配当をもらえる権利が「確定」しているわけじゃなく、相当の可能性で配当がもらえると「期待」できるだけなんですか?

定款の配当の基準日も削除できる

◆◆そのとおりで、配当がもらえると「期待」できるだけだよ。

◎なんかそれはそれでおそろしいですね。

◆◆ということで、定時株主総会の基準日と同様に、基準日後の定款変更で配当基準日を削除することでその経過した基準日株主に配当を支払わなくても差し支えなしとの整理ができるようなんだ。

◎では、完全子会社化される株主としてはもしかしたら配当がもらえなくなるかもしれないという不安を抱えて過ごさなければならなくなるわけですね。

◆◆実務上はそんなことはないよ。

◎あれ?

◆◆そもそも、公開買付け開始時にゼロ配当(無配)となる配当予想の変更の適時開示をするのが一般的だよね、スクイーズアウトが期末日を越えそうな案件では特にだけど。

◎あ、そうでした。

◆◆期末日前に決済されるTOBに応募するよりも、期末日を越えてスクイーズアウトされた方が「配当分だけオトク」と勘違いしないように配当予想の修正を含めて十分かつ適切な情報開示をするのが鉄則だよね。

3. 適時開示の事例を見てみる

◎開示の事例を実際に見てみたいのですが。

◆◆そうだね。適当に検索しただけだけど、次の事例とかでどうかな。

支配株主であるJ.フロントリテイリング株式会社による当社株式に対する公開買付けに関する賛同及び応募推奨に関する意見表明のお知らせ(2019年12月26日:株式会社パルコ)

①株式売渡請求

(前半省略)

株式売渡請求により、本取引が 2020 年5月 31 日までの間に完了することが見込まれる場合には、公開買付者は、当社に対して、本取引が完了することを条件として、2020 年2月期に係る定時株主総会(以下「本定時株主総会」といいます。)で権利を行使することのできる株主を、本取引完了後の株主(公開買付者を意味します。)とするため、定時株主総会の議決権の基準日の定めを廃止する旨の定款の一部変更を行うことを要請するとのことです。そのため、当社の 2020 年2月 29 日の株主名簿に記載又は記録された株主であっても本定時株主総会において権利を行使できない可能性があるとのことです。

◎このような表現を記載することで、スクイーズアウト後に親会社が定款変更決議をして定時株主総会に一般株主を呼ばないことを示唆しているわけですね。

◆◆この事例は株式併合の場合は定時株主総会で決議を取ろうとしていたらしいから、株式等売渡請求のセクションにこのような記載が入ったんだと思うよ。

◎ちなみに、この案件では期末配当をゼロにすると同時に株主優待の廃止についても適時開示されていたのですね。

2020 年2月期配当予想の修正及び株主優待制度の廃止に関するお知らせ(2019年12月26日:株式会社パルコ)

◆◆たしかに、配当のみならず株主優待の価値も考慮に入れておくべきだね。

さいごに

今回の論点は、とりあえずは結論として

基準日経過後でも定款変更で基準日規定を削除すれば基準日株主を定時株主総会に招集しなくても差し支えなし

と覚えておけばOKではありますが、その背景から理解しようとすると色々と派生する論点もあって興味深いですね。

ちなみに、今回の記事はTOB+現金対価スクイーズアウトの前提で考えていましたが、手法としては株式交換や株式移転であっても同様に考えて差し支えなく、あらゆる完全子会社化類似案件に適用できそうです。

最後に蛇足ですが、週刊M&Aバンカーシリーズは今回で50回を迎えました。毎度お読みいただきありがとうございます。なんとか毎週更新を続けておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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