梅雨明けしましたね。洗濯物がカラッと乾くのは嬉しいですが、暑いのはつらいですね。
さて、今週は、
です。
前回は上場会社を想定して、完全子会社化の効力発生日が期末日(定時株主総会基準日)を超えてしまった場合の留意点を見ていきましたが、非上場会社の株式譲渡の場合も同様に考えれば良いのでしょうか?
(文頭のマークが◆◆→先輩、◎→後輩 です)
【M&A講座】株式譲渡でクロージング日が期末日を越える場合も株式譲受後に基準日を消すという対応で良いのか?
株式譲渡の場合はどうでしょう?
株式譲渡のクロージング日が期末を越える場合に悩む後輩
◎先輩、こんにちは。いま株式譲渡案件に買主側のFAとして関与しているんですが、株式譲渡契約(SPA)の交渉でちょっと悩みがありまして。
◆◆SPA交渉をしているということはだいぶ案件成立に近づいているわけだね。それで、何が気になっているのかな?
◎SPAの論点は盛りだくさんなんですが、今回の案件の対象会社が8月決算なんですけれども、クロージング日が8月末を越えそうなんです。
定款に「基準日」の定めがありまして・・・
◎先日、上場会社の完全子会社化では、定款の基準日規定を効力発生後に削除することで、基準日において株主であった「一般の方」を招集しなくても差し支えなしという話をしましたよね?
(参考記事)
◆◆うん、商事法務の記事を参考にしながら順を追って考えたね。
◎ええ。それで今回は非上場会社の株式譲渡案件ということですが、対象会社の定款に基準日の規定があるわけですよ。
AA社 定款(一部抜粋)
(定時株主総会の基準日)
第X条 当会社の定時株主総会の議決権の基準日は毎年8月末日とする。(剰余金の配当の基準日)
第XX条 当会社の期末配当の基準日は、毎年8月末日とする。
◎このような場合も上場会社のケースと同様に後で基準日を消すっていう技を使う前提で考えておけば、SPAにて特段手当てをしなくてもOKってことですかね?
◆◆うーむ、そうとも限らないかな。
◎えぇ、そうなんですか?
定時株主総会は必ずしも3ヶ月後に開催されるわけではない
◆◆そもそも、定時株主総会っていつ開催すべきか知ってる?
◎えーと、期末から3ヶ月以内ですよね。3月決算であれば6月末までにという具合に。
◆◆それは「基準日」の縛りによるもであって定時株主総会は必ずしも3ヶ月以内に開催しなければならないわけではないよ。
◎なんと!
◆◆この話について一番わかりやすいのは法務省のページだね。コロナ禍における定時株主総会のあり方を解説したページなんだけども。
1 定時株主総会の開催時期に関する定款の定めについて
・・・(前半省略)なお,会社法は,株式会社の定時株主総会は,毎事業年度の終了後一定の時期に招集しなければならないと規定していますが(会社法第296条第1項),事業年度の終了後3か月以内に定時株主総会を開催することを求めているわけではありません。2 定時株主総会の議決権行使のための基準日に関する定款の定めについて
会社法上,基準日株主が行使することができる権利は,当該基準日から3か月以内に行使するものに限られます(会社法第124条第2項)。(以下略)
◎定時株主総会そのもののは「一定の時期」としか定めがないのですね。他方で、基準日は3ヶ月以内に権利行使すべきとのことで、、、でも、これが今回の案件にどうつながるのでしたっけ?
定時株主総会は準備が整えば3ヶ月後ではなく早めに開催されてしまうかも・・・
◆◆定時株主総会は期間を数値的に定めていないということは、期末日から遠くなっても構わないんだけど、逆に近いタイミングで開催しても構わないんだよね。
◎なるほど、たしかに3末の期末日の直後、たとえば4月上旬とかに総会を開催することも可能そうですね。
◆◆計算書類の作成といった決算対応があるから期末直後の4月とかに開催するのは無理だとしても、急げば5月くらいに定時総会を開催することもできるかもしれないね。
◎たしかに、そうかもしれません。
◆◆定時株主総会の前に株式譲渡のクロージングを迎えられれば、定款の基準日規定削除の方法で買主が定時株主総会の議決権を持てるんだけども、そうならない可能性も鑑みてSPAに何らかの手当をしておきましょうよってことだね。
◎何らかの手当をしておかないと、売主に勝手に決議されかねないということですね。
◆◆まあ、勝手に決議されるリスクについてはSPAにおける事前相談事項とかの他の条項でも引っ掛かるんだろうけど、定時株主総会そのものを整理しておいた方が綺麗だよね。
クロージングが期末日を越えるとき、SPAにてどんな手当てをしておくか
◎具体的にSPAではどんな手当てをしておけば良いんですかね?
◆◆クロージングが期末日を越える場合、定時総会の議決権と配当受領の権利のそれぞれに対して手当てが必要だよ。色々なやり方があるけど、有力な方法としては、次のようなパターンがあるかな。もちろん、具体的な案件ごとに弁護士との相談が必須だけども。
- 定時総会の議決権に係る手当て
- 売主と買主とで議決権行使に係る一切について買主に従うという合意をする
- 売主と対象会社とで新株主(買主)に議決権を与えるという枠組みを合意する
- 配当受領の権利に係る手当て
- 無配とする
- 配当の分も含めて譲渡代金で調整する
◎うーん、配当はイメージできますが、議決権の方についてそれぞれ詳しく教えてもらえますか?
買主が間接的に議決権を行使する方法
◆◆定時総会の1つ目の手当ては、議決権行使者は売主のままにしおていて、その代わりに、買主の指示に従うという枠組みをつくることなんだ。売主・買主・対象会社との関係で表すと、
という感じで、買主と対象会社が直接的な関係を持つわけではなく、あくまでも売主を通して議決権を行使するイメージだね。
◎ということは、招集通知や議決権行使書は売主に届くのでそれを買主と共有しなくちゃならないわけですね。
◆◆そうなるね。ただ、この方法はちょっとまどろっこしいから、もっと端的に買主が議決権行使できるようにしたが方がよりシンプルだよねというのが次の方法だよ。
◎たしかに、買主サイドとしてはクロージング後の売主との書面のやり取りはなるべく減らしたいですからね。
買主が議決権を直接行使する方法
◆◆2つ目の手当ての方法は、議決権行使者を買主にしてしまおうというやり方なんだ。売主・買主・対象会社との関係で表すと、
という感じで、売主が登場しないからすごくシンプルになるよね。
◎理想ではありますが、基準日を無視しちゃって良いんですか?
◆◆基準日規定を削除しない限りは無視できないから、事前に売主と対象会社との間で新株主たる買主に定時株主総会の議決権を与えても良いですよという取り決めをしておいてもらうんだ。
◎その取り決めには「買主」は参画しないんですか?
◆◆そうだよ。基準日株主たる売主が自らの権利を放棄し、対象会社が買主を議決権行使者として扱っても差し支えないですよと合意するということだよ。会社法124条4項の規定に、
会社法124条4項
基準日株主が行使することができる権利が株主総会又は種類株主総会における議決権である場合には、株式会社は、当該基準日後に株式を取得した者の全部又は一部を当該権利を行使することができる者と定めることができる。ただし、当該株式の基準日株主の権利を害することができない。
とあって、基準日株主の権利を害さない限りは、基準日後の新株主を議決権行使者として扱っても良いことになるんだ。
◎基準日株主自身が「私はその権利を放棄しますよ」と言ってくれれば、その人を害していることにならないからこの規定が使えるんですね。感覚的にはこの124条4項は新株発行によって新たに株主になった者には適用できるけれども、株式譲渡で新たに株主になった者には適用できないと思っていました。
◆◆原則としてはその理解で正しいんだけど、株主自身が権利放棄することを妨げないという感じかな。
配当受領の権利
◎最後に、配当受領の権利は「無配」or「譲渡代金で調整」というのは、そんなに違和感はないですね。
◆◆配当受領の権利については124条4項のような特則がないから、基準日を越えてしまった場合はその規定を削除しない限り「対象会社 →(配当)→ 売主」という流れになってしまうんだよね。
◎だったら、その分を「ゼロ」にするか「事前調整しておこう」ということですね。
◆◆そのとおりだよ。
さいごに
今回のような論点はSPAで注意すべき「主要どころ」ではないのかもしれませんが、案外抜けてしまうこともあったりするのではないでしょうか。
今回の対話を通じて、「そういう話があったなあ」という感じで覚えておいていただければありがたいところです。