M&A交渉術(5) パッケージ化 〜複数の争点を一度に交渉する〜

仕事術
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M&Aアドバイザリーの仕事で活用できそうな交渉術を説明していこうという企画の第5回の記事です。

今回は「複数の争点をパッケージ化した交渉」について考えていきます。

M&Aの交渉では、争点、すなわち協議・交渉によって決着しなければならない論点が複数あるのが一般的です。たとえば単純な株式譲渡案件であっても、金額だけではなく株式譲渡契約に規定する表明保証・賠償条項、前提条件、誓約事項等の各種条件があり、色々な点で揉めます。

複数の争点が存在するM&Aの交渉の進め方は大きく分けて、

  • 一つずつ交渉して結論を出し、また次の争点に移って結論を出してという具合に、一歩ずつ積み上げていく方法
  • 争点に関する意向をパッケージ化して伝達して協議・交渉する

という2つの考え方があります。

一般的には後者の進め方が採られることが多く、M&A交渉になれた弁護士の先生方とチームを組んで交渉する場合にもパッケージ化しての交渉をお勧めされます。

パッケージ化して交渉した方が良い理由

単純な株式譲渡のケースを想定

たとえば、株式譲渡案件で、

  • 金額
  • 表明保証
  • 賠償

の3点で争っている場合を想定します。

売手は金額はできるだけ高く売りたいと思っていて、自分たちの子会社に瑕疵はないはずなので、表明保証と賠償は手厚くても差し支えないと思っているとします。

次に、買手はDDの結果それなりのリスク(検出事項)があったので、それを売手に表明保証させることを最優先に考えており、また賠償の金額のキャップも高めかつ期間も長めにして欲しいと考えている一方で、買収金額についてはある程度高めになっても仕方ないと思っているとします。

このような状況下で、

「まずは一番のポイントの買収金額を決めましょう」

といった感じで交渉を始めてしまうと、双方とも

「他の条件がどうなるか分からない中で、どこまで譲るべきだろうかよくわからないから、とりあえず保守的に考えておこう」

となると思います。そうなると交渉が決裂したり、そうでなくても当事者としてしこりの残る交渉になる可能性が高いでしょう。

なぜ、1つずつ決着させてはいけないのか

1.売手と買手では、譲歩できるポイントにズレがある

一般的に、先ほどの例のように、売手と買手とでは譲歩しても良いポイントが異なることが多いです。

交渉のはじめは全ての争点について強めの回答からはじめるとしても、徐々に相手にとって重要で自分とたちにとっては重要ではないポイントを譲り、逆に自分たちにとって重要なポイントは勝ち取るという交渉を展開させていく必要があります。

そのため、1つずつ決着させていく方式だと争点同士を関連づけて「あれを譲ってこれは譲らず」ということが難しくなることがデメリットでしょう。さらに、1つずつ決め打ちをしていくとゼロサム的な交渉になりがちという側面もあるように感じます。

なお、実際の交渉ではこのような双方のポイントのズレを分析し、相手が勝ち取りたいと思っていて、かつ、こちらは譲っても差し支えない要素を、

「苦渋の決断ですが、お譲りします」

といった感じで、相手方が恩義を感じるように譲歩を演じるような方法もあったりします(なので、逆に相手方が苦渋の決断ですが的に譲歩を伝達してきたとしても、必ずしもそれが本当に苦渋の決断だとは限らない点には留意しておいた方が良いでしょう)。

2.そもそも、交渉の争点同士が関連する要素である

また、先ほどの例で取り上げた「金額と表明保証」は、それぞれを独立に決められるわけではなく、お互いが密接に関係し得る要素です。

たとえば、「ガチガチの表明保証を受ける代わりに、金額は高くして欲しい」とか、ファンドのように「表明保証はほとんど受けられないので、全部金額に織り込んで欲しい」とか色々な考え方がありますが、いずれもこの両者が関連していると想定してる点は同じです。

なので、これらのうちの片方だけを取り出して先行して決めてしまうということは、一般的には困難であろうかと思います。

3.決着した要素に戻りづらく、戻ってしまうと交渉が終わらない

そもそも交渉の争点同士が関連する要素であることから派生する話ですが、ある論点を決着させても別の論点の交渉状況次第では、決着させた論点に戻って再交渉したくなることがあります。

たとえば、不本意ながら金額を決着させても、表明保証でも負けそうになった場合には、

「やっぱり金額について再交渉させて頂きたい」

と言わざるを得ないケースも出てきます。

相手方としては、

「何を言っているんですか、金額はもう決着したでしょう」

となるところですが、不本意側としては

「そうは言っても、契約条件がこのようになるならば、そもそもの金額について再検討が必要なのだ」

となるでしょう。

そして、そうなるともう泥沼の交渉になります。

決めたはずの論点に戻るわけで、そして、一旦それを許容してしまえばまたいつ戻るか分からないということで、交渉がエンドレスになります。

パッケージ化の要点

要するに、争点をパッケージ化するメリットは、

  1. 双方の譲歩しやすいポイントを上手く使った創造的な交渉結果が期待できる
  2. 関連する交渉の争点を一度に決着させやすい
  3. 交渉の決着が基本的に交渉全体の決着となるので、結果的に時間短縮となる

という点にあるといえるでしょう。

考えてみれば、売手が株式譲渡契約書をドラフトしそれに買手がマークアップを入れて意向表明書とセットで提出するという株式譲渡案件でおこなわれる一般的なプロセスも、契約書の全ての争点にマークアップを入れるという意味で、条件をパッケージ化して提示していることになります。

ただし、初回のマークアップで決着することは基本的にないので、その後、優先的に交渉する相手と条件を詰めていくことになるのですが、その進め方も基本的には争点をパッケージ化しつつ進めていくのがポイントだと思います(そして、その交渉方針の策定にはFAが深く関与するケースが多いのでなるべく交渉が上手くいくような方法を薦めていくべきだと思います)。

さいごに

なお、パッケージ化するといっても、その条件提示を

Yesじゃなければ ディールブレイクするか?

と強硬に突きつけるわけではなく、Noであるならば、どの部分がどれだけNoなのかと、相手の考え方を詳しくヒアリングしていき、どこに決着できそうかを探ることになります。

そして、少しずつ争点を動かしながら双方が合理的に満足できるポイントを探り合うような展開になるわけです。

(次回に続きます)

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