M&A交渉術(4) BATNA 〜交渉が決裂した場合に別の選択肢があるか〜

仕事術
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M&Aアドバイザリーの仕事で活用できそうな交渉術を説明していこうという企画の第4回の記事です。

今回は「BATNA」について考えていこうと思います。

BATNAとは、交渉が決裂したときに採り得る代替案の中で最もよい案という意味で、

  • Best Alternative To a Negotiated Agreement

のイニシャルをとったものです。

イメージとしては、今の交渉が上手くいかなかった場合に採れる別のオプションのことです。M&Aでいえば、入札案件の売手A社が、最終オファーを出してくれたX社とY社と協議するとして、まずX社と協議する場合、

「仮にX社と上手くまとまらなくてもY社とも協議できる」

ことがA社にとってのBATNAになるわけです。

大方針:より良いBATNAを持てるようにする

より良いBATNAが生まれそうな売却方法

M&A案件では、様々なフェーズで選択可能なオプションを整理します。たとえば、株式譲渡の売り案件のFAになった場合、売却プロセスを相対形式で実施するか、入札形式で実施するかを検討することになります。

基本的には、売手目線で言えば入札形式にした方が有利になります。といいますのも、買手候補からみたら、自社だけと交渉してくれる方が望ましく、他社と競わされる状況では、

「買えないかもしれない」

という不安がつきまとうことになり、相対時よりも高値・緩いSPA条件を出さざるを得ない状況に追い込まれやすいからです(逆に、売手にとってはそんな状況が有利)。

なので、売手は入札を志向し、買手は相対又は独占(優先)交渉権の獲得を企図することになります。

良いBATNAがあれば強気に交渉ができる

引き続き、売手のFA目線での検討を続けますが、たとえば売却対象会社が優良な会社で将来性もある場合は、たくさんの買手候補が手を挙げてくれます。

そのような場合には、仮に1社と優先的に交渉をすると決めても、それがダメだった場合のリカバー策が色々考えられるわけです(X社がダメでも、Y社、Z社・・・があるさ、という感じ)。

そして、このように良いBATNAがあれば、売手としても強気に交渉できて、

「X社さん、この対象会社は非常に良い会社で欲しいと言って下さる買手候補が結構居るんですよ。なので、売手の条件である●●とか、金額的に言えば●●億円といったあたりは譲れないポイントですね」

という具合に、売手の要望を通すように動くことになります。

留意点:BATNAは相手に知られてはならない

交渉術の解説書なんかでも書かれていることですが、BATNAが何なのかは交渉相手に知られてはなりません。

たとえば、売手が入札形式を装っていても、実は他の買手候補が全て降りてしまっているような場合に、残っている買手候補に

「実は、ウチ以外に買手候補は残っていない」

と ”売手に良いBATNAが無い” ことがバレてしまったならば、売手は買手の言うがままの交渉に引きずり込まれることになります。

なお、このような場合にも売手は「●●億円以下なら売らない」という選択肢がBATNAになるわけですが、他の買手候補が居るという状況よりは相当に弱いBATNAなので、買手候補としては強気な交渉を仕掛けてくることになるでしょう。

交渉の進め方とBATNA

交渉の進め方としては、

  • こちらに強いBATNAがある
  • 相手方に強いBATNAが無い

といった状況ならば、強気な交渉を仕掛けていくべきということになります。

ただし、相手方のBATNAが本当はどんな状況なのかを知ることは難しいので、基本的には自分たちのBATNAの強さを冷静に分析して交渉方針を決めることが一般的かと思います。

まずは自分たちのBATNAを整理する

交渉をするといっても、いきなり相手と面談してあれやこれやと交渉をはじめるなんてことはしません。

まずは、状況を整理することになるわけですが、相手方の状況は整理すると言ってもそれは「推察」でしかないわけですので、それよりもまずは自分たちの状況をしっかりと整理・認識することになります。

交渉戦略を立てることのうち、BATNAに関連する部分を取り出すと、

  • 自分たちの採り得る選択肢を列挙する
  • それらを採った場合の定量的・定性的な影響を分析する
  • 何が自分たちのBATNAなのかを見極める
  • BATNA以下の条件しか勝ち取れないならば、合意しないというスタンスを明確にする

という一連の流れを経ることになります。

なお、交渉戦略全体でいえば、交渉対象となる諸要素につきそれぞれ自分たちの限界値を設定し、それ以下なら合意しないこととなり、BATNAがある場合にはそれが限界値となります。

ブラフという方法

前述の通り、相手のBATNAの本当のところを知るのは難しいので、それを逆手にとって「ブラフ」を使うというケースもあります。たとえば、他の買手候補が居ないのにそれが存在するかのように装うことも一種のブラフでしょう。

ただし、ブラフは本当の強さに基づいていないので、相手が想像以上に強気な交渉を仕掛けてきた場合、それがブラフかどうかを見抜くことが重要になります。

ブラフかどうかを見抜くのはそれなりに高度な戦術を必要としますし、交渉のその場のみならず、事前に裏で色々と情報をあつめて本当のところをおさえておく必要もあります。

具体的な見抜き方は様々なのでここでは差し控えますが、相手がブラフだとわかれば、こちらはそれを気にせずに逆に強気な交渉を仕掛け返すことになります。

BATNAは状況によって変わる

なお、BATNAは状況によってその強さが変わることに注意が必要です。

入札案件であっても、交渉の最終段階になると売手のBATNA、すなわち「他の買手候補と交渉に切り替える」という選択肢が諸要因から現実的ではなくなってくるからです。

その辺りは冷静に見ておかないと、こちらのBATNAがある意味で「期限切れ」になっているにもかかわらず、強気な交渉を続けてブレイクさせてしまい、あると思っていたBATNAが使えなかったなんて状況に陥ることもあります。

M&Aでは案件の最初は売手が強く、段階が進むほど買手が強くなる傾向になるというのが一般的ですので、FAとして自分たちの交渉力のシーソーがどちらにどれだけ傾いているのかは冷静に分析すべきでしょう。

さいごに

冒頭の画像のように、こちらのBATNAと相手のBATNAの間がZOPAとなります。

交渉の前にZOPAがあるのか無いのかを見極めるのが重要で、仮にZOPAがない場合には、FAが事前に状況を整理して新たなBATNAを認識してもらうか、交渉を諦めることになります。

交渉を諦める場合にもその撤退にまつわる論点が色々とあるわけです。

(次回に続きます)

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