M&A交渉術(6) 交渉の時間・期間を区切るべきか

仕事術
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M&Aアドバイザリーの仕事で活用できそうな交渉術を説明していこうという企画の第6回目の記事です。

今回は「交渉の時間・期間を区切るべきか」について考えていきます。

基本的には時間を区切るのは不利になるように思います。

といいますのも、時間を区切った側が、区切らなかった相手方から

「そろそろ、そちらが区切ったエンドが近づいていますよ、もう決めたらどうですか」

とプレッシャーを受けるからです。交渉術の本なんかでも、

交渉において自分たちに時間的なリミットがあったとしても、それを相手方に悟られないようにしなければならない

と書いてあることが多いようです。

一方で、実は敢えて時間を区切るという方法もあったりします。今回はこの辺りを考えていきたいと思います。

原則としてタイムリミットはない方が良いが・・・

たとえば資金繰りに困っている株式譲渡の売手を想像してみる

M&Aの株式譲渡案件で、売手が資金繰りに困っていて一定期間に株式を売却しなければならないというケースがあります。類似するケースとしては、当期中に株式売却益を計上することで債務超過を回避するため、ということもあったりしますね。

1.買手にタイムリミットを知られてしまっている場合

これらのケースで道義的な観点を置いておけば、買手は低めの買収価格を提示しておいて売手が痺れを切らして

「その金額で良いので買って下さい」

と言ってくるまでのらりくらりと交渉を長引かせるのがセオリーだと思います。

つまり、買手としては、売手の時間制限を知っているわけですから、売手が他の買手候補や選択肢に流れないように注意しつつも、有利な金額に落ち着かせるためにゆっくりとした交渉を繰り広げるわけです。

このような状態では売手としても買手に対して強く出ることができませんから、他の選択肢を見つける等の工夫をしないとワンサイドの交渉になってしまいます。

2.買手にタイムリミットを知られていない場合

売手が実はある期限までに資金が必要だったとして、それを買手サイドに今のところ知られていないという場合には、情報をコントロールして買手の実情を悟られないようにしなければなりません。

FA同士の会話でも、

「売主さんはいつまでに売らなければならないとかいう事情があったりするんですかね?」

などというヒアリングをされることがありますが、基本的には

「何らかの期限があるとは聞いてないですね。」

として、はぐらかしていくことになります。

FA間の会話に気をつけるのみならず、プリンシパル同士が面談で顔を突き合わせて交渉していく際にも、交渉に不慣れなプリンシパルが、

「実は、●●までに話を決めたいんですよねえ・・・」

という感じにこちらの状況を正直に伝えないよう、事前に言ってはいけないこととして周知徹底していく必要があります。

優先交渉権を付与するという時間の区切り方について

一方で、敢えて時間を区切るという方法が売手に働くケースもあります。

それが優先交渉権の付与とセットで時間を区切るという方法です。

売手の状況として資金繰り等に起因するタイムリミットがあるとして(かつ、それが買手候補に知られていないような場合)、それとは関連付けないようにしながらも時間を区切るために優先交渉権をちらつかせるということはしばしば採られる方法です。

入札案件の最終意向表明書提出後を想定してみる

たとえばM&Aの入札案件を考えてみます。

DDを実施し最終意向表明書を提出してもらった後に、最終契約の交渉に突入するわけですが、その場合に、買手候補者の中に明らかに他より良い札がある場合には、その候補先と優先的に交渉をして早期に案件をまとめるという方法があります。

そのような場合、

「提示いただいたこの条件を、このように変えてくれるのであれば、これだけの期間の優先交渉権を与えられそうなのですが・・・」

といって相対の交渉を持ちかけるわけです。

基本的に最終入札までついてきた買手候補は本当に欲しいと思っているわけですし、買手候補のFAは案件を成功させてなんぼの商売なので、優先交渉権が獲得できるとなれば、比較的柔軟に協議に乗ってくるケースが多いでしょう。

優先交渉権の付与は売手に不利にならないのか?

特定の相手先に優先交渉権を与えることは売手にとっては不利になる側面もありますが、

  • 他社に比して相当に大きな札になっている
  • 優先交渉の期間について合意できそうである
  • 優先交渉権の付与とバーターでさらに大きな要素を勝ち取れる

という状況であれば、優先交渉権を付与してしまうのも手です。

特に3つ目の「バーターで大きな要素を勝ち取れる」というのが意外と重要です。

たとえば、金額をもう少し上げて欲しいとか、契約条件をもう少し緩めて欲しいという場合に、

「優先交渉権を付与する前提として、●●の部分を売手の希望である・・・といった感じに変えられますか?」

という具合に交渉することになります。優先交渉権を付与した後はどうしても売手側の交渉力が下がってしまいますから、重要な要素を前もって勝ち取るために優先交渉権をちらつかせながら売手の希望範囲に合意点を持ってくるように工夫するわけです。

さいごに

優先交渉権の付与に関して、買手候補としては

  • なぜ売手が優先交渉権をちらつかせてくるのか

という背景を分析することが重要です。

たとえば、最終意向表明書で買手候補側から

「最終交渉は当社とのみ交渉して頂くことを希望するため、優先交渉権の付与を強く希望します」

と記載することがありますが、これを記載したからといって素直に優先交渉権をくれるケースというのはそんなに多いわけではありません。

なので、優先交渉権が与えられた場合には、

  • 自社の札は相対的に有利な位置に居るはず
  • もしかしたら他社の札は相当に悪いのかもしれない
  • 売手が期限を区切る理由があるかもしれない

といった具合に分析をして、売手がちらつかせてくる

「優先交渉権を与える前提として、●●という条件にしてくれませんかね?」

という申し出に乗るかどうかを冷静に検討していく必要があります。

(すなわち、優先交渉権の付与の前提として「無理筋だけどとりあえず言ってみようか」的な交渉を吹っ掛けてきているかもしれない点には注意したいところです)

(次回に続きます)

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