皆さんは交渉や面接で相手から答えにくい質問や想定外の質問をされたとき、慌てて「それはですね・・・」と答えていませんか?
今日は、質問にストレートに答えない方がいいケースについて考えてみます。
- 質問が択一的な場合(Closed Question)
- 質問の答えが幅広に考えられる場合(Open Question)
- 質問の回答が自分にとって不利な内容の場合
それでは、ひとつずつ詳しく、、、と進む前に、まずは一番大事なことを言いますね。
この精神を忘れずに、それぞれのケースを詳しく見ていきましょう。
質問が択一的な場合(Yes or No?…Closed Question)
まずは、よくある質問パターンですが、
- 「やるんですか?やらないんですか?」
- 「Aですか?Bですか?」
といった、択一的な問いかけをされた場合のことを考えてみましょう。なお、心理学の用語ではこのような質問をクローズドクエスチョン(Closed Question)というようです。
たとえばM&Aの交渉にて・・・会社を買うんですか?買わないんですか?
M&Aの交渉ではよくあるのですが、こちらが買手候補のアドバイザーで売手のアドバイザーと交渉する際に、買収金額等で交渉が難航してくると売手のアドバイザーが
「結局、買手さんはこの会社を買うんですか?買わないんですか? それを決めてくれないとこれ以上交渉したくないと売手は言っています」
と伝達してくることがあります。
たとえば、資金繰りに困っている売手がノンコア事業を営む子会社を200で売りたいと思っているが、買手はDDを実施し、未払い残業代といった労働債務等の潜在リスクも分析して最大で100しか出せないと思っていて金額が折り合わず、売手が痺れを切らせてきたイメージです。
こんな時、買手のアドバイザーだったらどうしますか?
三流の回答
クライアントである買手に「相手方が怒ってきているのでもうちょっと金額を出さないと交渉打ち切りになってしまいそうです」とだけ伝達するのでは、子供の使いであり、何ら価値がなくアドバイザーの資格なしです。
しかも、リスクがあって最大で100しか出せないと思っているクライアントに対して「もっと金額を上げた方がいい」と、根拠もなく伝えているならば「おたくは成功報酬ベースだから案件を成功させるために適当なアドバイスをしているんじゃないですか?」とクライアントから怒られかねません。
二流の回答
買手サイドのアドバイザーとして出せるMAXの金額が100であり、売手はそれでは売らないといっているのだから、高値づかみを防ぐために
「どうやら、100では買えないようです。御社の出せる金額の最大値が100なのは分析上も明らかなので、これ以上は高値づかみになります。買収後のれん減損リスクもあるので、ここでやめましょう」
と、買手を諦めさせるように動くのもひとつのアイディアです。これはこれで勇気の要るアドバイスですし、クライアントのことをしっかり考えて分析した結果の答えですから悪くはありません。でも、諦めるのがちょっと早かったかもしれません。
一流の回答
おそらくしっかりしたアドバイザーならこう考えます。
- 売手と買手の本件に対する大目的から考えてみよう
- まず、売手は会社を売ってキャッシュが欲しいと思っているし、売手がその会社を持っていても頭打ちである。すなわち手放したいという気持ちが大前提としてある
- そして買手はこの事業に参入したいと思って会社の買収を検討しているが、潜在債務のリスクを鑑みて100しかだせない。ただ、この事業を欲しい気持ちはとても強い
- そもそも、買手が100しか出せないのは未払い残業等の労務にまつわる潜在債務が怖いからである。・・・だったらそれを遮断できるのであれば、もっと高い金額をだせるのではないか?
- 売手は株式譲渡のスキームを前提にしているが、これを事業譲渡スキームに変更してくれるならば、潜在債務リスクは低減できるし買手としてもアグレッシブになれるかもしれない(※)
- そうやって売手に逆提案してもだめだったら、次は買手に本件を諦めるように説得しよう
(※)事業譲渡スキームは個別契約の移転であり、潜在リスクを原則として遮断できるスキームです(ただし、株式譲渡より手続きは煩雑)
そして、案件の弁護士と協働して新スキームを分析・作成し、買手の同意も得た上で売手に対して事業譲渡スキームを逆提案します。
「既にお伝えしているとおり買手は今の枠組みでは100しか出せない。これはこちらも善管注意義務を負っている以上、できることとできないことがある点は理解して欲しい。でも、売手の期待にゼロ回答というのもこちらとしては不本意である。
実は、事業譲渡スキームに変更してくれるなら、買手は150まで金額を上げられると言っている。売手が株式譲渡を希望しているのはわかるが、買手が金額を上げるためにはそもそものスキームを変更する必要がある。株式譲渡ならば100、事業譲渡なら150出せる。さあ、どうしますか?」
と逆に「A or B」を突きつけます。
質問が択一的で選択に苦慮する場合には、別の選択肢を見出すようにする
M&Aの交渉を例に挙げて説明してみましたが、「A or B」を突きつけられて、AもBもできれば選びたくないと思っている場合には、Cという新たな選択肢を見出し、逆提案するようにしようというところです。
Yes or No的な問いかけについても、たとえば
「レポートを明日までに出して下さい」
と言われてそれが無理難題の場合に、いきなり「無理です」と言わずに、
「明日までに提出しますが、一旦ドラフトという形で提出させて下さい。何らかの修正がある場合には新しい版を今週中には改めて提出するということでいかがでしょうか。」
という形でできる範囲で相手のニーズを満たしつつも、こちらもできない約束はしないというスタンスで望むのが良いと思います。
質問の答えが幅広に考えられる場合(Open Question)
たとえば投資銀行の面接で
「多くのM&Aが失敗していると言われているけどなぜだと思う?」
と聞かれることは結構あります。こんな時に(よしM&Aの失敗の理由なら新聞にもよく載っているし、しっかり勉強してきたぞ)と思って、
- M&Aが失敗するのは正当なValuationではサポートできないような金額で買収するという、いわゆる高値づかみをするから
- 買収後に従業員をケアしなかったからキーパーソンが辞めてしまうことがあるから
という具合にスラスラ回答して満足していることがあると思います。でも、私が面接官なら余り良い印象を持ちません。
なお、心理学的にはこのように択一的な回答を求めず、相手に回答内容を相手に委ねる質問をオープンクエスチョン(Open Question)というようです。
ただし、オープンだからといって好き勝手に答えはじめていいわけではないことに注意しましょう。
質問された言葉の定義づけをしよう
さて、この面接官はM&Aの失敗の理由を尋ねていますが、
- 誰にとって失敗か
- どんな場面での失敗か
という点は明らかにしていません。
ここでもこの面接の大目的からまず考えます。今は投資銀行の面接です。ということは、少なくともM&Aの失敗の主語を考えてみても
- 投資銀行にとってのM&Aの失敗
- 成功報酬貰えずに案件がブレイクした
- クライアントにとってのM&Aの失敗
- 買収前:入札案件に敗退した/社内でM&Aの決裁が降りなかった
- 買収後:対象会社の価値が買収前想定以下になった
というケースが考えられます。
質問を再定義し、前提も説明しながら答える
つまり、「M&Aの失敗とは?」と聞かれた場合には、いきなり本題に入るのではなくて、
「M&Aの失敗というのは主語を分けるという観点から、アドバイザーとしての失敗と買手自身の失敗の2通りに分けられると思いますので、その2つの観点で説明してよろしいでしょうか?」
と前置きをしてみるのがベターです。
すると、たいていの面接官は「いいですよ、続けて下さい」と言うはずですので、アドバイザーとしての失敗と買手自身としての失敗にわけてその理由を説明することになります。
このように面接官は敢えてふわふわとして質問(Open Quesiton)をして、相手が回答の枠組みを自ら設定してくるか否かをチェックすることがあります。その理由は、まさに投資銀行の仕事が「相手の問いかけに単に反応する」だけではやっていけないからです。これまで述べたように、前提を変えたり、相手の質問に回答しつつこちら側に有利結論に導いたり、クライアントのふわふわした質問を再定義してクライアントの気になっている点を明確化したり、ということが日常茶飯事に行われています。
質問の回答が自分にとって不利な内容の場合・・・あなたの短所・弱点を教えて下さい
面接にしても、M&Aのインタビューセッションにしても、こちら側の短所や弱点を聞かれることがあります。
面接:あなたの短所を教えて下さい
たとえば、面接対策の本などでも書かれることですが、短所を聞かれたときに、
「短所は、細かいことを気にしてしまい、大枠を見失いがちなことです」
と正直に答えると、面接官の印象はあまりよろしくないでしょう。
同じ「細かいことを気にする」という短所でも
「短所は、細かいことを気にしてしまい、たとえば資料作りにおいてもフォントや図の配置含めて時間を掛けがちなところです。ただし提案書作りの際には、体裁のチェック等の場面でこの点が長所になり得るかと思います。」
と答えれば、「短所はあるが、こういう場面では長所になり得る」という文脈になるので面接官の印象も悪くはないでしょう。
面接の大目的な内定をいただくことなので、それを忘れずに何を聞かれても自分に有利になるように話をシフトしていくことが大切です。
M&Aのインタビューセッション:御社の業界は業界全体のパイが縮小していますが大丈夫ですか?
斜陽な業界といいますか、業界内の各社とも毎期売上高が良くて横ばい、悪ければ右肩下がりで、設備なんかも丁寧にメンテナンスしながら使い続けている業界というのもあります。
そういう業界の会社を非常に低廉な金額で買収することを企図している買手からのインタビューセッションの一幕をイメージして下さい。
悪い回答案
よくあるのはこんな回答です
「ご認識のとおり、この業界は今後は伸びません。だから、買手さんの取引先等の新しい販路開拓に期待しています。」
新しい販路があれば伸びる余地があるから買手としても魅力を失わないでねというメッセージを伝えたいのでしょうけれども、買手目線で言えば自分たちの販路を活用するというシナジー効果が生み出す価値を売手に渡す必然性はありません。ゆえに、結局買いたたかれることになります。
良い回答案
まともなアドバイザーならば、次のように回答するように売手及び対象会社を誘導します。
「ご認識のとおり、この業界は今後は伸びません。ただし、売上高が伸びない代わりに、新規の設備投資もほとんど必要ありません。また当社の業界では、設備をしっかりとメンテナンスすれば長期間使えますし、それゆえメンテナンスには力を入れています。ぜひ次の工場見学で説明させてください。また、多額の設備投資が必要ないということは、キャッシュフローという側面では悪くないと思っています」
M&Aアドバイザリーの業界では株価は売上ではなく将来キャッシュフローで決まるという常識がありますので、その常識に照らしてみて
「売上高は伸びなくてもキャッシュフローは安定していますよ」
という具合に、売上が伸びないということはさほど弱点でなく、別の部分で設備が長持ちするという長所にも関連しているということを伝達するようにします。
このM&Aの大目的が「この会社を売手にとって有利な条件で売ることである」という点を常に頭に入れて考えて行動することで、このようなアドバイスもできるようになると思います。
さいごに
いろいろ書きましたが、いきなり全部をやろうとするのもなかなか無理があると思いますので、まずは
「質問をされた場合に一呼吸待ってみる」
ことをおすすめします。一呼吸しながら頭の中では
- 大目的と照らし合わせてこの質問をする相手の意図はなんだろう?
- この質問には再定義が必要な言葉はないだろうか?
ということをまずは考えてみることをおすすめします。
大事なときこそ慌てず、落ち着いて、自分のペースでコミュニケーションしていきましょう。