前回に引き続き、株式譲渡プロセスを解説していきます。
今回は連載の最後ということで、最終の意向表明書からクロージングまでを見ていきます。
- 第1フェーズ
- ティーザーの配布と入札参加の決定
- アドバイザー(FA)、弁護士・会計士・税理士等専門家の起用
- 秘密保持契約書の締結
- 入札案内書(プロセスレター)、インフォメーションメモランダムの配布
- 第1次意向表明書の提出
- 第2フェーズ
- 第1フェーズ通過者の確定、プロセスレターの更新版配布
- デュー・ディリジェンス(DD)の実施
- 最終の意向表明書の提出
- 株式譲渡の金額・条件交渉
- 株式譲渡契約書の締結
- クロージング
最終の意向表明書とValuation
最終の意向表明書 → 法的拘束力あり!
最終の意向表明書は、DDを踏まえて買収条件や付帯条項を修正することはありますが、第1フェーズで提出した第1次意向表明書との形式的な項目はほとんど同じになります。
ただし、法的拘束力には違いがあります。
たいていのケースでは、売手が第2(最終)フェーズのプロセスレターにおいて、最終の意向表明書は法的拘束力のあるものとして提出せよと記載されており、第1フェーズの意向表明がノンバインディング(法的拘束力なし)であったものとは大きく異なる点です。
最終意向表明に法的拘束力を持たせるための実務上の手続きとして、最終意向表明書の提出と同時に、事前に売手が作成・交付していた株式譲渡契約書に買手の修正案を加えたもの(買手マークアップ案)を提出させるます。
この買手マークアップ案の株式譲渡契約書は、仮に売手が修正点を受け入れれば、そのままの文言で押印・締結できるベース(契約締結されたも文句は言えない)で提示しなければならず、そういう観点で法的拘束性を持たせるわけです。
ただし、実務上は買手マークアップの内容としては、株式譲渡契約書の修正事項につき買手候補が売手へ相応のハイボールを投げるため、そのまま契約締結されることは基本的にありませんが、概念としては「そのまま締結することも可能です」という立て付けで提出することになります。
提示価額はどうする?
最終意向表明書に記載される買収価額については、一般的な傾向としては、DDを経ることで、下がる要因が多く発見されて、買手としては下げたいと考えがちかと思います。
しかしながら、対象会社が「良い会社」で入札案件の競争環境として多数の買手が存在するだろうと買手が思う場合には、第1次の金額を超えて入札するケースもあります。
実際の案件においては、買手のFAが入札環境につき、どれだけ情報収集と分析ができたかによるように感じます。
最終意向表明のためのValuation
買手のFAとしてどのように買収価額をサポートするか
買手のFAの観点で言うと、基本的に第1フェーズで分析する売手が作成・開示した事業計画をそのまま鵜呑みにしたケース(いわゆる、マネジメントケース)が最高値となることがほとんどです。
なので、DDを実施して、その検出事項(たいていはマイナスのインパクト)を織り込むと、株主価値の報告値は第1フェーズよりも下がってしまう傾向にあります。
これは、すなわち、
とも言えそうです。
シナジー効果とは
対象会社のスタンドアローンの価値が増えないのであれば、それでも買収したいと思う買手の場合、別の価値をアドオンして上げる必要があります。
買収することで、買手自身又は対象会社に追加的な価値(売上高の増加やコストの削減)が見込まれることがあり、それはシナジー効果と呼ばれます。
一般的に言っても、
という考え方になります。
入札の競争環境次第で、シナジー効果の価値をどれだけ売手に渡すのかを考えることになります。
なお、DDをふまえると第1フェーズのときよりも、意外とシナジー効果がありそうだというケースもしばしばあります(逆にシナジー効果が「想定よりもなさそうだ」のケースもありますが)。
そのような場合に、第1フェーズで提示した金額よりも高値となり、
「高い買い物だけれども、まだ合理的な範囲です」
ということを示す材料としてFAのValuationレポートが必要になってきます。
シナジー効果の定量化
買手のFAはValuationの算定者なので、算定者自身が買手のシナジー効果を決めるわけにはいきません(お手盛りになってしまいますから)。
なので、買手であるクライアントからシナジー効果を数値で提示してもらわないとなりません。
この、「定量化」というものが結構くせ者で、クライアント次第ですが、最後は、
「エイヤ!」
の世界で金額を決め打ちしていることもあります。
といいますのも、買収後にどれだけ売上増又はコスト削減を頑張りますというのを、限定された買手のリソースで数値にしなければならないからです。
シナジー効果を定量化と買手のFAのValuation
シナジー効果を定量化するときには、たいていの場合、
という流れになります。
すなわち、シナジー効果の定量化の金額を変えて、Valuationの算定結果にどの程度のインパクトがあるのかを見て、何度も調整するわけです。
買手のFAとしては、相応の時間を費やして定量化に付き合うことになりますが、こういった場面で迅速かつ適切にクライアントとやりとりできると、意外と評価されたりするので、重要な局面です。
(クライアントが変更するシナジー効果の変数を、Valuationモデルにすぐに反映できるようにシナジー効果インプットシートをエクセルでうまくつくっておくのも技量のひとつです)
株式譲渡の金額・条件交渉
買収の条件提示が悪い候補を最初に落選させるべきか?
売手は、最終の意向表明書を受け取った後、その提示価額と条件を見て、どの買手候補と交渉するかを決めます。
提示価額が相対的にかなり低く、かつ、契約条件が厳しい買手候補については、すぐに落選させることもあります。
しかしながら、一般的には、若干劣後する程度のオファーであれば、早急に落選通知をするのではなく、交渉相手の代替案として扱います(待たせる相手には何も言わない)。
この場合、待たせている買手候補のFAから、
「うちのクライアントのオファーはどうなっていますか? 別の会社と契約交渉のプロセスを進めているのですか?」
と連絡がくることがありますが、何らかの理由をつけて本当のことは言わないようにします。
(たいていの場合、買手候補のFAとしては、条件交渉に呼ばれないということは、自分のクライアントが一番札ではないんだなということを察しますが)
金額交渉と条件交渉はどちらを優先?
次に金額と条件の交渉はどちらを優先させるべきかということについては、本来は金額と条件はセットで考えるべきだとは思います。
金額と条件の比較が難しいケース
ただし、
- A社:金額は高いが、株式譲渡契約書のマークアップが厳しい買手候補
- B社:金額は劣後するが、株式譲渡契約書のマークアップが軽い買手候補
のような比較感になった場合、いずれを第一候補とすべきかは判断が分かれるところです。
こういうとき、売手のFAは、金額をもう少し上げられないか聞いてみることになったりします(入札形式という競争環境が有利に働くところです)。
ただし、普通は「金額を上げてください」と言っても、「はいわかりました」と答えてくれる買手候補は少ないです。
そういう場合は、買手候補へのお土産としてある程度の情報を与えながら優先交渉権をちらつかせるんだ。
「実は、御社は金額は2番目なんですけれども、他の条件で有利なのでもう少し(金額で)頑張っていただけると優先的に交渉させていただけるのですが」
という感じのささやきをすることはあります。
その結果、B社の金額が1番高くなれば、次はA社に金額上げの打診をすることもありますし、契約面での軽さを重視してB社を第1候補とすることもあるので、ここはケースバイケースです。
最初のマークアップは形式的に強気にしているだけかもしれない
さらに、売手のFAとして、第1候補を絞る前に、もうひとつ事前に確認しておくべきことがあります。
先ほどの例で言うA社のような会社については、その厳しいマークアップをどの程度譲歩する気があるのかを確認します。
といいますのも、買手候補としても
というケースもあり、実は、それなりに譲ってもいいやと思っている場合もあるわけです。
もちろん、時には本気でマークアップを譲る気は無いという買手候補もいますので、そのどちらなのかを探るイメージです。
条件交渉(株式譲渡契約書の文言交渉)
株式譲渡契約の条件(文言)の交渉は、主には、表明保証・誓約・補償そしてクロージングの前提条件をどのようにするかがメインテーマになる傾向です。
厳しい表明保証をどこまでカーブアウトできるかとか、補償の上限と期間等の重要なところを交渉していきます。また、それぞれの義務(誓約)やクロージングの前提として何を整えておかないとならないのかも整理します。
契約交渉の期間としては、メールベースで何往復かのマークアップを送り合った後に、これ以上メールで進めても進展がなさそうな場面ではFace to Faceの面談を設定することもあります。
これは、お互いの現状認識を確認すべくどこかの会議室(通常売手のFAや弁護士事務所)に売手と買手とその弁護士・FAが一同に詰めて協議するイメージです。
口頭で協議をすると、お互いの譲れるところと譲れないところが、その背景を含めて明確になりやすいので、改めて持ち帰って譲歩し合うということもあります。
株式譲渡契約書の締結とクロージング
株式譲渡契約書の承認機関
一般的な株式譲渡契約の締結は、取締役会決議によってなされます。
ただし、会社法が改正され、重要な子会社の株式譲渡は親会社の株主総会が必要になった点留意が必要です。具体的には、
- 株式譲渡の対象子会社の株式の帳簿価額が,親会社の総資産額の5分の1を超える
- 譲渡後に子会社の議決権の総数の過半数の議決権を有しない(過半数以上譲渡)
の場合には、親会社の株主総会の特別決議にて株式譲渡契約の承認を受けなければなりません(会社法第467条第1項2号の2、第309条第2項11号)。
適時開示対応
売手又は買手が上場会社であれば、適時開示対応も必要になります(軽微基準に該当するかどうかの確認は必要)
最近は、株式譲渡の金額を記載するケースも増えてきているように感じます(IRポリシーと東証との協議次第)。
株式譲渡契約締結からクロージングまでの期間
一般的に、株式譲渡契約の締結日とクロージングの日にはズレがあり、1ヶ月程度以上空ける案件が多いです。
それは、株式譲渡契約書で「クロージングまでに何をやります」ということを買手と売手が誓約しているからです。
たとえば、売手であれば、各種契約書のChange of controlの対応を筆頭に、株式を譲り渡すためのタスクをこなしていくことになります。
また、規模によっては、独禁法対応も必要となります。
クロージング
株式譲渡契約書に規定されたクロージングのための前提条件を全て満たすと、無事にクロージングの日を迎えることになります。
クロージングの日には、対価の振り込み確認と株券引き渡しがなされます(株券不発行の場合は株主名簿を書き換え)。
買手と売手の双方のFAがクロージングに立ち会うこともあり、セレモニーのようになったりもしますが、厳しい交渉を重ねてきた末のことなので、達成感がある瞬間です。
さいごに
ということで、実務的なポイントも含めて株式譲渡のプロセスを説明してみました。
参考にしていただければ幸いです。
関連する連載記事(全5回)
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