前回に引き続き、株式譲渡のプロセスを解説していきます。
今回は第2フェーズのはじめ方と、FAはDDにどのように関与するのかについて見ていきます。
- 第1フェーズ
- ティーザーの配布と入札参加の決定
- アドバイザー(FA)、弁護士・会計士・税理士等専門家の起用
- 秘密保持契約書の締結
- 入札案内書(プロセスレター)、インフォメーションメモランダムの配布
- 第1次意向表明書の提出
- 第2フェーズ
- 第1フェーズ通過者の確定、プロセスレターの更新版配布
- デュー・ディリジェンス(DD)の実施
- 最終の意向表明書の提出
- 株式譲渡の金額・条件交渉
- 株式譲渡契約書の締結
- クロージング
第2フェーズをはじめるに際して
第2フェーズの方針立案
第2フェーズをはじめるにあたり、売手のFAは、改めてプロセスをどのように進めるのかクライアントと協議することになります。
その際には次のような内容を決めていくことになります。
- 第2フェーズへ進める会社数(DDフェーズに何社進ませるか)
- データルームの開設方式
- スケジュール案
第2フェーズへ進ませるのは何社にするか
第1フェーズを通過し、第2フェーズに進む会社数については、実務上は
「こうです!」
といった明確な区分けがあるわけではありません。
第1次意向表明書をの内容が売手の条件に合致している会社が何社あるか次第で、ケースバイケースになります。
仮に、条件の良い買手候補がそれなりに複数社存在する場合、DD対応の現実性も検討要素の一つになります。
たとえばVirtual Data Room(VDR)を利用してDDを実施する場合は同時に多数の買手候補をDDに呼ぶことができるから比較的フェーズ2に進める会社数は多くなる傾向です。
一方で、「Physical=物理的」にデータルームを開設する場合は、通常は1社ずつ順番にDDを実施する方式なので、物理的なデータルームを開設する場合はフェーズ2に進ませるのは多くても3社程度だと思います。
フェーズ2が最終フェーズとなる場合、売手目線で言うと、1社だけにDDをさせるというよりは最低でも2社〜3社を競わせておいた方が無難ですが、これが4社以上になるとVDRを活用しないとなかなか上手く捌けなくなります。
DDフェーズでは、弁護士・会計士・税理士からのQ&Aが矢のように飛んできますので、それを適宜返すという意味でも3社程度が現実的だと思います。
データルームはVDRを使うか
一般的に、DD資料はデータルームを設営して開示します。
このデータルームには、先ほど少し触れましたが、
- VDR(Virtual Data Room)
- 物理的なデータルーム(会議室)
の2つの設営方法があります。
クロスボーダーのディールなんかは距離的な制約もあるため、VDRを使うことがほとんどですが、国内のディールですと、規模や売手の性質から会議室方式も使われたりします。
近年はVDR業者も増えてきており、ある程度の価格競争原理が働き、相応のコストで使えるようになっているようですが、それでも物理的なデータルーム方式よりは割高になることが多いようです。
ただし、VDRには、
- どの候補者が何の資料を見ているのかが逐一把握できて、やる気がある買手とやる気のない買手がわかったりする
- DD資料のPDF化も追加コストを払えば請け負ってくれる
- 資料の印刷可否設定もアカウント毎、資料毎に個別に設定できる
という点で、情報は管理しやすいです。
(売手FAとしては、なるべくVDRを使って欲しいですが、それは売手であるクライアント次第なので、うまく協議することが必要です)
データルームに買手候補を呼ぶ順番と留意点(物理的なデータルーム)
物理的に会議室を用意してデータルームを開設する方式の場合、どのような順番で買手候補をデータルームに呼ぶのかということが論点になります。
(VDRと違って、同じ資料に同時に複数社がアクセスできないため、どうしても時間的なズレが生じます)
まず、当然ながら、最有力の候補から順番にデータルームに呼ぶというのが原則です。そして、それが終わったら同じデータルームに次の候補を呼ぶ、という具合に進めます。
なお、この方式の場合、最初の候補者が意向表明を提出する時点で、たとえば3社目なんかは、まだデータルーム開設期間中だったりします。
でも、それでも構わないケースもあります。
といいますのも、第1フェーズでは、全ての買手候補が同時に意向表明書を提出するように調整するケースがほとんどですが、第2フェーズ以降は、1社ずつ最終の意向表明書の提出のタイミングをずらすことも可能です。
ちなみに、最終の意向表明書の提出タイミングを上手くずらしておくと、たとえば最有力候補と条件交渉に入ったものの、交渉がまとまらず時間が延びていた場合で、遅れて出てきた3社目の提案が比較的良い条件だったりすると、1社目との交渉を延ばしつつ3社目と早急に交渉をはじめるということもできたりします。
その場合、1社目との交渉は牛歩戦術でゆっくりこなしつつ、早急に3社目との交渉にとりかかります(なお、3社目との交渉が上手くいく確証がない状況で1社目をばっさり切るのは危ないと思います)。
ということで、何社残すかについては色々な観点があり、DD対応可能性と案件成就の可能性のバランスを取れる社数を残し、DDについても現実感のあるスケジュールを策定していくことになりますが、売り主と綿密に協議して決めるべきなのは言うまでもありません。
買い案件のFAは売り案件のFA経験が活きる!?
少し脱線しますが、入札案件で買手のFAについた場合、たとえば、最終のプロセスレターのスケジュールを見れば自分のクライアントが何番目のオファーだったのかが概ねわかったりします。
物理的なデータルームを使う方式で、第1次意向表明書を提出してからDD開始までかなり時間が空く場合には、少なくとも第1候補ではないかもしれないと考えるわけです。
プロセスレターの更新版の配布
ということで、売手とFAが第2フェーズの方針について決めた後で、第2フェーズ(最終フェーズ)のプロセスレターを配布することになります。
ポイントは、
- 買手候補ごとにカスタマイズしたスケジュールを再提示
- 株式譲渡契約の売手の案の配布、最終の意向表明書の提出、株式譲渡契約の締結、クロージング のそれぞれのタイミング目処を記載
- DDの実施の運営要領を提示
- プロセスレターの別添資料としてDD実施要項を添付
というところです。
プロセスレター全体の記載方針は、第1フェーズと概ね変わりませんが、上記2点は最終フェーズならではの内容です。
DDの実施と売手のFA(DDコーディネーター)
まず、基本的なことですが、DDの実施については、調査をするのはFAではなくて買手候補の専門家の皆様です。
なので、まずはDDをコーディネートする売手のFAとしてどのように関与していくのかを考えてみます。
売手のFAの役割列挙
売手のFAの主な役割のひとつはDD全般の運営サポートです。
特に、ジュニアは物理的なデータルームの「門番(ゲートキーパー)」という大事な仕事があります。
それ以外も含めて、売手のFAの役割を示すと次のようになります。
- DD資料の開示方針の決定サポート
- DD実施要領の作成・配布
- データルームのゲートキーパー
- インタビューセッションの司会進行
- Q&Aシートの送受信サポート
DD資料の開示方針の決定サポート
売手のFAとして、売手とDDの開示範囲と深度を協議します。
要はどんな資料をどこまで開示するかということです。
たとえば契約書ひとつでも、原本をそのまま開示するのか、コピーして取引条件を黒塗りにして開示するのか、個別の原本は開示せず雛形だけにするのか等、選択しなければならないことが多数あります。
それらの論点について、ひとつずつ方針を決めていくのはなかなか時間がかかります。
また、開示方針として、コピーを可にするか不可にするかということもあります。
議事録や守秘性の高い契約書は閲覧だけにして欲しいという売手のニーズがあったりするので、そういう論点についても個別にディスカッションして方針を決めていくことになります。
DD実施要領の作成・配布
DD実施要領は、DDに関するスケジュールや留意点を記載したものです。
一般的には売手のFAが作成し、プロセスレターの更新版と同時に配られるます。
物理的なデータルームを前提として、記載される内容の例を挙げてみると次のようになります。
- データルームの開設方法(VDR or データルーム)
- 開設期間
- 開設期間のオープンな時間帯
- 住所
- 入出方法、入出管理簿の作成について
- 設備の概要:コピー機の有無と台数、Wi-Fi、電源と延長コード、FAX、プリンタ、電話機、飲食、喫煙、昼食
- データルーム内の資料のコピー可否、コピー不可の資料の対応(閲覧?メモOK?)
- 売手や対象会社の従業員のコピー作業の請負可否(通常は請け負いせず)
- データルームでの質問・照会の可否(通常はごく簡単な資料の読み方等以外は不可)
- 追加開示要求資料の要求方法
- インタビューセッション(データルーム開設期間中にあわせて実施することもあり)
- 工場見学の実施について(実施要項は別に作成することが多い)
- DD実施の専門家のためのQ&Aシートの運営方法
データルームのゲートキーパー、インタビューセッションの司会進行、Q&Aシートの送受信サポート
データルームに常駐するゲートキーパーの仕事やQ&Aの送受信捌き等は投資銀行のジュニアの若手が担当することが多い仕事です。
といいますのも、これらの仕事は、FA業務初心者でも比較的こなしやすい仕事だからです。
DDの実施と買手のFA
一方、買手のFAも当然ながらDDに関与します。
DDサポーターとして
買手のFAのジュニアもデータルームに張り付くことが多いですが、これは買手であるクライアントが起用する各専門家のDDが滞りなく適切に進むようにアレンジするためです(最近はやや少なくなってきていますが、ひたすらコピーをとるいうこともあります)。
また、専門家から送られてくるQ&Aシートを売手のFAと送受信する等、売手FAとの連絡窓口としても機能します。
Valuation実施者として
買手のFAはValuation実施者となることがほとんどだと思いますが、その役割の観点から、DD資料を実際に閲覧して、Valuationに影響が出そうな論点があるのかないのかをチェックすることもあります。
DD専門家の邪魔にならない範囲で、
- 各種議事録(株主総会、取締役会、経営会議等で過去の事業計画があるか確認しつつValuationに影響しそうなイベントの有無の確認)
- 勘定科目明細(非事業性資産負債をつかむため)
- 税務申告書(特に欠損金の有無の確認)
といったところを見たりします。
さいごに
次回は、最終の意向表明書の提出から見ていきます(次回の記事で株式譲渡のプロセスの連載は最終回です)。
関連する連載記事(全5回)
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