株式譲渡のプロセス3 〜第1次意向表明書には何を記載すれば良いのか〜

M&A講座
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前回に引き続き、株式譲渡のプロセスを解説していきます。

今回は第1次の意向表明書について詳しく見ていきたいと思います。

  • 第1フェーズ
    • ティーザーの配布と入札参加の決定
    • アドバイザー(FA)、弁護士・会計士・税理士等専門家の起用
    • 秘密保持契約書の締結
    • 入札案内書(プロセスレター)、インフォメーションメモランダムの配布
    • 第1次意向表明書の提出
  • 第2フェーズ
    • 第1フェーズ通過者の確定、プロセスレターの更新版配布
    • デュー・ディリジェンス(DD)の実施
    • 最終の意向表明書の提出
    • 株式譲渡の金額・条件交渉
    • 株式譲渡契約書の締結
    • クロージング

意向表明書

意向表明書とは、対象会社買収に関する買手の意向を売手に伝える「提案書」です。

まずは、一般的な意向表明書の記載事項を網羅的に挙げてみます。

  1. 買収主体とその概要
  2. 買収の目的、事業戦略の位置づけ
  3. 買収価額及びその前提並びに買収の付帯条件
  4. 買収ストラクチャー、買収資金の調達方法
  5. 役員・従業員の処遇
  6. スケジュール希望
  7. アドバイザー・専門家の起用状況
  8. DDの実施
  9. 有効期間・法的拘束力・秘密保持
  10. その他買手の希望事項
  11. 買手候補の連絡先

なお、実務上は、プロセスレターで記載を要求される事項のみならず、買手候補に有利になる限りにおいては、自ら項目を増やして書くことがあります。

1.買収主体とその概要

買収主体は

「XXX株式会社」

という具合に買収する法人の商号を記載します(個人であれば氏名を記載)。

そして、その概要は会社であれば、

商号、代表者、事業内容、沿革、資本金、グループ会社の概要、財務の状況(過去3年程度)

あたりを記載するケースが多いです。

一部は会社パンフレット等で代替することも可能だったりします。

2.買収の目的、事業戦略の位置づけ

買収の目的と事業戦略の位置づけは、主に買手(クライアント)に考えていただく必要があるところです。

とはいえ、クライアントから

「他社事例ではどんな書き方をしていますか?」

と聞かれることもあり、FAとしてサンプルを提示できるようにしておいた方が無難です。

3.買収価額及びその前提並びに買収の付帯条件

買収価額

まず、買収価額の記載方法は、

  • XX億円(ピンポイント)
  • XX億円〜XX億円(金額の幅)
  • XX億円を目処に(最大XX億円)

といった記載方法があります。

プロセスレターに、

「金額を幅(レンジ)で記載した場合はその下限値をもって意向表明の金額とみなす」

という記載があることが多いですが、その場合でも敢えて金額の幅(レンジ)で書くことがあります。

これは、他の入札者と金額が拮抗している場合、売手のFAからオファーの金額レンジをどう解釈したらいいのか問い合わせが来たりもすることもあるためです。

その際には、DD結果次第ではあるが、今後シナジー効果をの実現性を検討することで上値を追えるかもしれないと考えている旨伝達し、ぜひ次のプロセスに呼んで欲しいと伝えるように交渉するという考え方もあります。

なお、買収価額を企業価値(EV)ベースで書くか、総株式価値ベースで書くかは議論が分かれるところです。

一般的にはプロセスレターに何を記載すべきかの指示があるはずなのですが、仮に指示がなされていない場合はEVと株式価値を併記してもいいかもしれません(その場合、EVから控除した純有利子負債の金額の考え方も記載しておくのが望ましいです)。

また、売手がプロセスレターにおいて「特別配当」の記載をしていない場合には、念のため特別配当を実施したら株式価値は減額されると記載しておいても良いかもしれません(EVベースで考えれば当たり前のことではありますが)。

買収価額の前提

買収価額の前提については、

「入手したインフォメモに基づき、DCF法、類似会社比較法等によって総合的に勘案して、、、」

と記載するケースが一般的です。

また、「DD実施後に買収額を調整する可能性がある」という注記も、その可能性がある場合には書いておいた方が望ましいです。

 

買収の付帯条件

買収の付帯条件を、どこまで細かく書くのかは競争環境や買手の意気込み次第ではありますが、一般的なものを挙げるとこんな感じになります。

  • 対象会社の株式譲渡時の現金預金水準、有利子負債水準、運転資本水準が過去実績に比して大きく変化していないこと
  • 対象会社の事業を従来どおり継続するのに必要かつ十分な資産及び権利が株式譲渡の取引対象に含まれていること
  • 取得対象となる資産について、大規模設備投資、更新、修繕が必要でないことまたは予定されていないこと
  • 対象会社の事業に悪影響を与えうる簿外債務、偶発債務、引当不足、資産の毀損または含み損、その他の義務等が存在しないこと
  • 対象会社の財務状況、業績、今後の見通し等に悪影響を及ぼすことが予測される事象が判明または発生していないこと

イメージとしては、対象会社に「変なもの、異常な事態は発生していない」ことを前提としているというもので、株式譲渡契約書における対象会社に関する売手の表明保証の内容を先取りするといったところです。

4.買収のストラクチャー、買収資金の調達方法

買収ストラクチャーは、たとえば全株式の譲渡なら、

  • 発行済みの全株式の現金による譲り受け

と記載するのが一般的です。

また、その資金調達は、第1フェーズにおいては

  • 資金調達の方法は、全額自己資金または金融機関からの借り入れ

と記載しておけば十分です。

5.役員・従業員の処遇

役員・従業員の処遇も案件の性質次第ですが、一般的な国内案件では「人の問題」は穏便かつ慎重に扱うのが暗黙のルールだったりします。

なので、基本的には

  • 役員 → 常勤役員は全員承継、非常勤(出向)は辞めてもらう、役員報酬は現状維持、退職慰労金は存続(又は廃止)
  • 買手からの役員派遣 → 買手は対象会社に役員を数名派遣(役職地位は協議)
  • 従業員 → 全員雇用維持、出向者は原則承継、待遇は現状維持、退職金は401Kへ移行、福利厚生は買手のものへ移行

と書くケースが多いかもしれません。

なお、役員は、国内ディールの場合は引き続き現行の経営陣にまかせるケースが多いように感じます。

買手もその対象会社のことを全て認識しているわけではないため、経営陣を総取り替えというのはかなり極端なケース(たとえば債務超過会社のM&A)だと思います。

また、買手による新しい役員派遣についても、その方針があるのであれば、コメントしておいた方が親切だと思います。

6.スケジュール希望

スケジュールは、プロセスレターに記載されている売手の案を修正したいのであれば、その希望を記載します。

また、プロセスレターが薄くてフェーズ2以降のスケジュールの詳細の記載がない場合は、買手として主体的にスケジュールイメージを記載していく必要があります。

また、買手独自のプロセスについてもコメントし手億必要があります。たとえば、

  • 買手の取締役会決議
  • 独禁法の対応期間

等もスケジュール項目として載せておく方が望ましいです。

7.アドバイザー・専門家の起用状況

アドバイザーや専門家はどこのファームを使うのかということを説明する項目です。

ただし、この項目は売手がプロセスレターにおいて記載を要求してくるケースと、要求してこないケースがあります。

売手がこの記載を要求するのは、買手候補がFAを起用しているのかと専門家の事務所の規模がどの程度かを把握しておきたいと思うケースです。

なので、プロセスレターに記載がない場合には、買手から主体的に書く必要性はそれほど高くないと思います(DDにたどり着けば、買手候補のメンバーリストを売手に伝達するため、いずれにせよ、どこかでは分かるから)

また、第1フェーズではFAは決まっていても、どの専門家を使うのか決まっていないケースもあるので、決定している範囲で記載すれば十分です。

8.DDの実施

DDの実施の項目には、DDをどの範囲で実施するか記載します。特に、環境DDが必要であればその必要性を記載しておくと親切です(環境DDは時間がかかるので、その実施の意向がある場合には記載しておいた方が良いと思います)。

プロセスレターで「DD資料リクエストの一覧表を添付せよ」という指示がある場合を除けば、細かい資料リクエスト一覧までつけることは稀だと思います。

その代わり、たとえば主要な契約書は一覧表やサンプルのみならず原本まで確認したいとか、 財務数値は過去何年でどの深さまで見たいとかは記載しておいた方が良いと思います。

9.有効期間・法的拘束力・秘密保持

有効期間

意向表明書の有効期間については、一般的には売手がプロセスレターにおいて意向表明書の有効期間を明記しているはずなので、それにあわせるか、またはその期間を修正するかを記載します。

そもそも、なぜ意向表明書の有効期間があるのかと言えば、完全に売手側の事情ですが、売手としては、DDを1社ずつ実施させる場合があります。

この場合、DDを2番目以降に実施する候補先はオファー提出後しばらくほったらかしになるため、一定期間は意向表明書を有効に扱いますよとしておきたいニーズが売手にはあるため、有効期間を設定してきます。

法的拘束力

第1次意向表明書は一般的には何ら法的拘束力がない、いわゆるノンバインディング(Non-Binding)オファーという位置づけにすることが多いです。

なお、法的拘束力がないからと言って好き放題書けるわけではなく、たとえば買収価額についてもDD実施後に引き下げるならばDD発見事項にひもづけるとか合理的な理由をつけるのがマナーだと思います。

第1フェーズは適当に高めの金額を投げておいて、DDで情報だけもらってその後に大きく引き下げた金額を提示して落ちるという行為をする買手候補が稀にですけどいたりします。

その場合、少なくとも売手のFAとしては、そういう対応をした会社はその後の別の入札案件に呼ぼうとは思いませんし、そのような買手候補についていたFAについてもその姿勢を疑われかねないので慎重に対応を考える方が無難です。

(M&A業界は意外と狭いので、ある会社がどういう振る舞いをしたのかとかは噂で広がったりします)

秘密保持

意向表明書の内容は買手にとっては極秘事項ですから、売手と買手が守秘義務契約書を結んでいるなら、その守秘義務契約書における秘密情報として扱ってもらうことを記載する部分です。

なお、秘密保持が差し入れ形式で、売手に守秘義務を負わせていない場合には、意向表明書を売手が受領したことをもって、売手が意向の内容を秘密情報として取り扱うとような立て付けとする旨を記載することもあります。

10.その他買手の希望事項

その他買手の希望事項というのは、入札プロセス全体に関する希望事項を書くところで、

  • プロセスレターに記載されている前提の修正
  • プロセスレターに記載がない事項で買手が希望する事項

を記載します。

何を載せるのかはケースバイケースですが、たとえば、

「DDは複数社同時にせず1社ずつ実施することを希望」

と書かれている意向表明書を見たことがあります。

売手のプロセスに注文をつけてくるわけですが、この問題意識はわからなくもないです。

といいますのも、対象会社が非常に守秘性の高いビジネスを実施している場合、買収者以外の他社にDDを通じて情報が流れてしまうのを恐れる買手がいたりするためです。

特に、このような強気の内容を記載する会社は、自社が一番高い買収価額を提示できているはずだと信じているため、他社にDDによって情報がながれるのは防ぎたいと思っていることが多いです。

もちろん、守秘義務契約で秘密情報の目的外利用は制限されているという大前提はありますが、秘密情報が他社に晒されてしまったという事実は、買手候補によっては対象会社の価値が毀損すると思うこともあるようです。

11.買手候補の連絡先

意向表明書の内容についての買手のコンタクト先を書きます。

売手のFAをやるとわかりますが、意向表明書の内容のうち、買手の意図の確認が必要な事項は意外と多いので、買手候補の連絡先は重要です。

買手自身又は買手のFAが記載されることになります。

さいごに

プロセスの第1フェーズは以上です。次回からは第2フェーズを説明していきます。

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