週刊M&Aバンカー第4号:上場会社の逆さ親子合併のポイント、他2本

週刊M&Aバンカー
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今週はお盆明けの週ということで、ようやく実務も動き始めたところだったでしょうか。

個人的には、お客様からの問い合わせや会議招集も増えてきており、ある程度通常モードになってきたかなという印象です。

さて、今週の週刊M&Aバンカー(第4号)は、

  • 【M&A講座】上場会社を消滅会社とする完全親子間合併(逆さ合併)のポイント
  • 【M&Aとキャリア】FAとして信頼されるために
  • 【仕事術】「思考の整理学(外山滋比古 著)」再読

の3本立てで記事を書いてみます。

【M&A講座】上場会社を消滅会社とする完全親子間合併(逆さ合併)のポイント

独立した企業間の経営統合でいきなり「合併」を選択することはあまりない。他方で、グループ内再編であれば合併によって子会社を統廃合したりすることもある。そんな感じで合併というスキームはどちらかというとグループ内再編でよく見かける手法という印象だ。

ところで、事例としてはそこまで多くはないが、上場会社が完全子会社と合併する際、上場会社側が消滅会社となるケース(要は、逆さ合併)がある。

たとえば、こんな事例だ。

上場会社が傘下の子会社と逆さ合併する場合の論点としては主に以下のものがあるだろうか。

  • なぜ上場会社側を消滅会社とするのか
  • 合併比率はどうするか
  • 対価はどうするのか
  • FAの関与
  • テクニカル上場と有価証券届出書(金商法対応)

それぞれ、順番に見ていこう。

なぜ上場会社側を消滅会社とするのか

上場会社が消滅会社となる合併については、ほとんどのケースが持株会社と事業子会社との合併だ。かつては持株会社による企業統治方式が流行った時代があったようだが、その手法にそれほど馴染まなかったとして、シンプルな組織形態に戻したいと考える企業もいるのであろう。

上場会社側を消滅会社とする主な理由は、

傘下の事業子会社の許認可等で再取得につき、(i)そもそも難しい、(ii)煩雑である、(iii)再取得することで本業に影響が出る 一方、消滅会社となるHDには相対的に重要な許認可等が少ないから

ということが挙げられる。先ほどの事例にも同様の趣旨の記載が多い。

  • 【マルハニチロHD】なお、存続会社をマルハニチロ水産といたしましたのは、事業会社であるマルハニチロ水産の各種許認可等を継続させる事など事業活動に関する様々な影響を最小限にするためです。
  • 【日本製紙HD】なお、当社と日本製紙の合併に際し、存続会社を日本製紙といたしましたのは、事業会社である日本製紙の各種許認可等を継続させることなど事業活動に関する様々な影響を最小限にするためです。
  • 【JFE商事HD】なお、当社とJFE商事の合併に際し、存続会社をJFE商事といたしましたのは、事業会社であるJFE商事の各種許認可等を継続させる事など事業活動に関する様々な影響を最小限にするためです。

後述の通り、上場会社を消滅会社とすると、テクニカル上場手続きが必須となるため、その点では実務作業が煩雑となるものの、本業の許認可関連への影響が最小限とするために、”実務作業と書類作成で何とかなるテクニカル上場の負担も仕方なし”としたケースであったということだろう。

合併比率はどうするか

合併比率は、理論上は好きな比率にできると思われる。

とはいえ、実務上は1:1とするケースが多い

実務上は先程の事例のうち、日本製紙とJFE商事は1:1であったし、他の事例も概ね1:1としているケースが多かった。これは株主の持株数への影響を最小限にできるし、株価の水準に継続性を持たせられるということから好まれるようである。

少数派だが、1:1ではない合併比率(10:1)とかもある

マルハニチロHDのケースは、合併比率が10:1であり、一般株主の株式数を1/10にしてしまう効果があった。これは、実質的に株式併合をしていることと同義である(仮に、合併比率を1:10 とすれば株式分割をしたことと同義になる)。

このようなケースは株主総会特別決議が必須となるため、手続上株主の意向を問い、買取請求権もあり株主保護もできるということで、株式併合・株式分割の効果をあわせてねらうということが可能、というところだろう。

しかも、当時は東証が単元株を100株にするように売買単位を調整するよう指導していた時代であったため、ちょうどそれに対応するための実質的な株式併合を兼ねた事例であったと推察する。

対価はどうするか

対価は新株発行または自己株式代用処分のいずれでも差し支えなし。

なぜ突然自己株式が出てくるのかといえば、会社法上、親会社が消滅会社となる合併の場合、親会社が合併前に保有していた株式(子会社株式)は合併存続会社の自己株式となるという特徴があるから。

ゆえに、この点で、(旧HDが保有していた傘下の子会社株式たる)自己株式を合併対価として代用処分するという方法が相応のケースで取られているようである。

また、仮に自己株式の代用処分をせず新株発行をする場合には、合併直後に自己株式は消却しているようである。

今回の事例で分類すると以下のとおり。

  • 新株発行&自己株式消却ケース:マルハニチロHD
  • 自己株式代用処分ケース:日本製紙HD、JFE商事HD

FAの関与:第三者機関の分析→第三者「算定」機関ではない

テクニカル上場手続きもあるため、このような逆さ親子合併のケースでFAを起用していることが多い。

他方で、FAが起用されているといっても、正式な株式価値算定書を提出しているわけではないようである。適時開示資料上も、「第三者算定機関」という表現ではなく、「第三者機関」と表現されており、また、「算定書」という表現は存在せず「分析」という表現になっているのが特徴である。

テクニカル上場と有価証券届出書(金商法対応)

このような逆さ親子合併では、上場会社が消滅会社となるため、テクニカル上場は必須である。テクニカル上場の参考記事は以下。

テクニカル上場の解説 〜株式移転による経営統合ではテクニカル上場は必須!〜
今回の記事ではM&Aの経営統合案件で時々話題になる「テクニカル上場」について確認していきたいと思います。 なお、参考文献として、東証のホームページにある次の資料をベースにまとめておりますので、あわせて資料もご覧ください。 上場管理業務につい...

また、存続会社が継続開示義務(有報提出義務)を負っていないケースがほとんどであると思われ、その点に係る金商法対応として有価証券届出書の作成も必要であろうか(詳細については以下の記事を参照)。

経営統合(組織再編)のM&A案件と金商法対応 〜有価証券届出書の提出が必要となることも〜
今日は、経営統合や組織再編(合併、分割、株式交換、株式移転)のM&A案件と金融商品取引法の義務(具体的には、有価証券届出書の提出要否)について見ていきます。 会社法はM&Aにおいてよく参照されますし、実際の手続が規定されているのでその制度を...

【M&Aとキャリア】FAとして信頼されるために

M&Aアドバイザリー(FA)の仕事で一番大切なことは何か

M&Aアドバイザリーの仕事をするうえで、一番大切なことは何だろうか。たぶん、絶対的な正解があるわけではなくて、各人の考え方によって色々な答えがあるだろう。

個人的には、お客様とチームメンバーから信頼されることが最優先だと思う。

我々のサービスは無形、すなわち目に見える製品があるわけではない。無形のサービスに対価を払うことに満足していただくためには、クライアントファーストで尽力する必要がある(当たり前)。

また、社内外問わず誰に対しても約束は破ってはいけないし、できないことを約束してもいけない。最初にボタンを掛け違えるととんでもないことになるので、できないことは最初からきっぱりとできません(代わりに、こんなやり方があるのではないですか?)と代替提案を添えて断るようにしている。逆に「やります」といったことは期限内に必ず(徹夜してでも)回答する(当たり前)。

何を言うかではなく誰が言うか

同じアドバイスをしても、信頼されている人かそうでない人かによって、相手へ何かを話す際のの伝わり方が異なってくる。重要なのは、何をいうかではなく誰がいうかということ。

多くの人は、感情で嫌だと思っている人のアドバイスなんか聞きたくないと思ってしまうし、感情で良いなと思っているひとのアドバイスは素直に聞きやすい傾向があるそうだ。

信頼されるためにはどうするか

では、信頼が重要だということがわかったとして、どうやったらお客様とチームメンバーの信頼を得られるのでしょうか。もちろん、日々の積み重ねが重要です。

ただ、一番重要なのは、「どんなときもテンパらず、冷静で頼りになる」と思われることが大事だと思うところ。

人間、想定内のことが起きている限りにおいては、たいていの人が普通で居られる。一方で、想定外のことが起きると、その人の素が出る。

テンパリそうになったときの上手い立ち回り例

個人的にはかつての上司が、相手方から難題を押し付けられ、テンパリそうになった際によく使っていた、

うーむ、それは困りましたね。

という言い回しを使うことが上手い立ち回りだと思っている。

これは、自分がテンパリそうになって困っている状況を正直に「困りましたね」と自己観察して述べることによって冷静さを取り戻す言葉。実践してみると「困りましたね」と言えるということは、困っている自分を客観的にみる別の視点を持てているということで、ある程度は落ち着きが取り戻せるようになるはずだ。

また、「拒絶ではなく困惑」を伝えることで、難題を押し付けてきた相手方に対しても、その責任の一端を感じてもらえ、ある程度建設的な議論が進められるようなことも多い。

テンパって感情的に反応したり、当方側の意向を超越した暴走した対応をしたりするのは愚作。テンパリそうになった時こそ「困りましたね」の一言で、冷静さを取り戻し、そして意図的に議論をペースダウン(テンパリ気味だと大抵早口で暴走するから)することが大事だと思う。

そして、そのように落ち着いた対応を取れる姿を見せることが、お客様やチームメンバーから信頼いただくための重要なポイントだと感じるところだ。

思考の整理学(外山滋比古 著)を再読

人間らしく生きていくことは、人間にしかできない、という点で、すぐれて創造的、独創的である。コンピューターがあらわれて、これからの人間はどう変化して行くであろうか。それを洞察するのは人間でなくてはできない。これこそまさに創造的思考である。

先月末に外山滋比古さんが亡くなられたようだ。外山さんは「思考の整理学」の著者として有名だろう。

先程の引用は、この本の最終章の一文である。

この本は35年以上前、すなわち、パソコンも一般的でなくWindowsも生まれていなかった(はずの)時代に書かれたものであるがその議論はほとんど色あせていない。もちろん表現が若干古いということはあるけれども、「AIに代替されない仕事は何か」という文脈で、ひとはいまでも同じような議論を続けているわけだ。

グライダー or 飛行機

この本では、如何にして、グライダー思考(誰かに与えられた問い上手く答える生き方)から飛行機思考(そもそもの問いから自分で考え独自の答えを生き方として示していく)にシフトするかを述べている本だという認識である。

  • グライダー:何かに引っ張られないと飛べない
  • 飛行機:エンジンによって自ら飛ぶ

という特徴でこういう分類をしているようだ。筆者によれば学校教育はグライダー人間を育てることに終始しているとのこと。たしかにそうかもしれない。

人間の脳は → 倉庫 or 工場

人間の脳は、倉庫とみるか工場と見るか。

かつては、インターネットもなかったため物を知っているひとが偉いと言う風潮であった。でも、いまはネットで調べれば大抵のことは深度の差はあってもある程度わかる。

何かを覚えていることが重要ではなく、どうやって調べれば必要な知識に辿り着けるかを知っていることが重要になってきている。たとえば、Google検索も適切な検索キーワードを設定しなければ、情報の海で溺れてしまいがちだ。

そして、人間の脳を何かを生み出すアウトプット工場と見るのであれば、工場たる脳に余計な情報が詰まっていてはいけない、となる。

整理とは捨てることである

35年以上前に「これからは人は何かを生み出すアウトプット工場として脳を使っていくべきであり、そのために情報を捨てるべきだ」と述べた筆者の先見性はすごいと感じる。

なお、頭の中が余計な情報でごちゃまぜになっている状況において、その余計な情報を捨てるためには2つの方法があると筆者は述べる。

  • 情報を捨てる
    1. 自然に忘却する
    2. 意図的に整理する

一つ目の自然に忘却するは、要は時間が経てばいろいろなことを忘れていくよねってこと。でも、それには個人差はあっても長い時間がかかるし、必要な物を忘れ、不要な物を覚えていてしまうかもしれない。

ゆえに、二つ目の「意図的に整理する」ということが必要になるわけだ。整理の方法はひとそれぞれであるが、その目的が「情報を捨てること」にあることは忘れてはいけない。また、情報を捨てるためには、自分の価値観でそれをふるいにかけなければならないという。つまり、価値観がしっかりしていないと「必要なものを捨て、不要な物を残してしまう」ということが起こるかもしれないわけだ。

価値観とは

価値観とは「何を面白いと思うか」ということであると筆者は言う。関心・興味・価値観が同心円上に並んでいるというイメージらしい。

関心・興味・価値観にマッチしていて面白いと思っていることは些細な内容でも忘れないし、興味も関心もないものはすぐに忘れてしまうだろう。

価値観に基づいて情報を取捨選択すべしというのはそのとおりだと思うが、その価値観自体はどのように育んでいけばよいのかということが気になっている(その直接的なこたえは、本書では述べられていないはず)。

個人的な解釈として、本書は「人間はどう在るべきかについて”問い”を投げかけている」のだと思っている。それゆえハウツーのように何らかの解を提示するわけではなく、自分で考えてみようという部分が大きい。本書を読んで考えること自体が、飛行機型人間として自分を育て、価値観をアップデートすることにつながるのかもしれない。

さいごに

もともと、小粒な記事をいくつかまとめてアップしていくのが良いのではないかということで始めた週刊M&Aバンカーですが、毎度、特に【M&A講座】の部分の話題が小粒ではない分量になっております。

とはいえ、その部分もまだ荒削りな面が否めないので、今後、単独のM&A講座として記事をあげる際の初稿として位置付けとのイメージでおります。なので、週刊M&Aバンカーで取り上げた内容を、後日単独の記事として再アップするのもありかなと考えているところです。

それでは、また次の記事でお会いしましょう!

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