週刊M&Aバンカー第25号:事業計画を叩くときに営業利益や営業利益率をパラメーターにしてはいけないという話

週刊M&Aバンカー
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大寒波も去り、寒さもやわらぎましたね。まだ冬真っ盛りですが、日の入りは徐々に遅くなってきたようにも感じるところです。

さて、今回は、

今日は事業計画を叩く(リスクシナリオを策定する)ことについて考えるということで、

【M&A講座】事業計画を叩くときに営業利益や営業利益率をパラメーターにしてはいけないという話

をしてみます。

【M&A講座】事業計画を叩くときに営業利益や営業利益率をパラメーターにしてはいけないという話

株式譲渡案件では、相手方から開示された事業計画(マネジメントシナリオ)を叩いてリスクシナリオを検討することが一般的だと思います。

経営統合案件では、相手方から開示された事業計画を簡単に分析することはあっても、複雑に分析して独自に組み直したり、全く別のモデルを作成し直すというケースはそんなに多くないのですが、株式譲渡案件では事業計画の詳細な分析は必須と言っても過言ではないでしょう。

誰がどうやって事業計画を叩くのか

事業計画を叩く場合、たとえば

  • 買手候補(クライアント)の企画・財務チームでリスクシナリオを作成する
  • FAが適当に(適切に)リスクシナリオを策定し、クライアントの了承を得る
  • 別途コンサルを起用して独自に様々なシナリオを策定してもらう

といったやり方があると思います。

いずれのケースでも、その叩いたシナリオでどの程度のValueになるのか試算する必要があるという点で、FAとして相応の関与が必要になるところです。

ちなみに、3つ目の「コンサルの起用」はそれなりの規模以上にならないと(コストもかかるので)お目にかからないかもしれません。

情報開示が限定的な場面(1次入札段階)で稀に見かけること

株式譲渡が入札形式となる場合、1次入札の段階では

インフォメーションメモランダム(IM)開示+若干のQ&Aのやりとりのみ

といった感じで、限定的な情報しか開示されないことが一般的でしょう。おそらくは事業計画自体もかなり荒いメッシュでしか開示されないのではないでしょうか。

1次の段階でもリスクを見ておく必要はあるよね

ケースによっては、1次の段階でも買手候補側で簡単な仮定を置いてリスクシナリオを策定することもあります。そのような場面で、

  • 営業利益又は営業利益率をパラメータにして将来の利益水準を策定する
  • それとは別ロジックで設備投資・減価償却費計画を策定する

というやり方を見かけることが稀に(とはいえ複数回)ありますが、このやり方は間違いなので注意したいところです。

営業利益をパラメーターにしてはならないことをモデルで確認しよう

なにがまずいのかを確認するために、簡単なモデルで考えてみましょう。

たとえば、X0期の営業利益率実績10%が横ばいであるとして将来2年間の営業利益を推計するケースを考えてみましょう。簡便的に営業利益=EBITとします。

(ケース1)営業利益率を用いる場合

  • X0期(実績):売上高1,000 → EBIT100
  • X1期(推計):売上高1,200 → EBIT120
  • X2期(推計):売上高1,500 → EBIT150

と予測するとします。これとは別に、設備投資(CAPEX)と減価償却費(DA)の計画をがIMで開示されていたとして、

  • X0期(実績):CAPEX100 → DA100
  • X1期(売手計画):CAPEX3,000 → DA500
  • X2期(売手計画):CAPEX2,000 → DA1,000

となっていたとしましょう。設備投資と減価償却費の計画はよくわからないので一旦売手の情報を鵜呑みにしてみたというイメージです。

この場合、何がまずいのかと言えば、EBITDAが意味のない数値になる点です。

  • X0期(実績):EBITDA → EBIT100+DA100=200
  • X1期(推計):EBITDA → EBIT120+DA500=620(!)
  • X2期(推計):EBITDA → EBIT150+DA1,000=1,150(!)

2年後に、売上高500とEBIT50しか増えていないのに、EBITDAが950も増えるなんてどう見てもおかしいです。

今回のモデルは敢えて極端な数値を使ったので誰もが違和感を感じると思いますが、実務上はここまでDAがぶれることはあまりないので、この方法で事業計画を推計しても誤りに気づかないこともあるのではないでしょうか。

(ケース2)EBITDAマージンを用いる場合

ざっくりと事業計画を予測する場合は、基本的にはEBITDAマージン(EBITDA/売上高)を用いて推計していくべきです。

先ほどの前提で、X0期のEBITDAマージンを計算してみますと、

  • X0期(実績):EBITDA200/売上高1,000=20%

となります。EBITDAマージンを用いて、今後2年間のEBITDAを予測すると、

  • X1期(推計):EBITDA → 売上高1,200 x EBITDAマージン20%=240
  • X2期(推計):EBITDA → 売上高1,500 x EBITDAマージン20%=300

となり、先程の(!)をつけた計算結果とは大きく異なる水準(正しい水準)になります。

要は、営業利益は減価償却費の金額で大きくぶれるので、よりキャッシュフローに近い概念であるEBITDAを予測して、営業利益はそこから推計して求める方が合理的ということです。

この場合のEBITは、

  • X1期(推計):EBIT → EBITDA240 – DA500=▲260
  • X2期(推計):EBIT → EBITDA300 – DA1,000=▲700

となり、実はEBIT(営業利益)段階では赤字計画にすべきだったということになります。

EBITDAを間違って推計することは大きなミスを呼ぶ

EBITDAを間違えるということは、たとえば、X1期のEBITDAの10倍、X2期の12倍のEVを目安に買収しましょうという話を進めていた場合、

  • 正しいケース:EVは2,400〜3,600のレンジ
    • X1期:EBITDA240 x 10倍=2,400
    • X2期:EBITDA300 x 12倍=3,600
  • 間違ったケース:EVは6,200〜13,800のレンジ(!)
    • X1期:EBITDA620 x 10倍=6,200(!)
    • X2期:EBITDA1,150 x 12倍=13,800(!)

といった感じで、Valutionもとんでもなく間違えることにつながります。

レビューする場面でしっかりと確認しよう

さすがに、普通のFAはこのような初歩的なミスはしないと思いますが、クライアントの若手の方や新人のジュニアがリスクケースを作成する際に、時々ですがこのような間違いをしていることがありましたので、レビューする側としては気をつけておきたいところです。

EBITDAは減価償却費を足し”戻して”いるのだということを正しく理解していれば、EBIT段階でどのようなDAが控除されているのか、それと整合的なDAを足し戻さなければ意味のないEBITDAになるということが直感的にも理解できるとは思います。

さいごに

同じような話は、売上原価率をベースにして原価の中に入っているDAを別枠で推計しても起こり得ます。
いずれにせよ、DA控除後の「率」を用いて将来の損益を推計することは原則としてやめておくべきということになります。

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