今週の週刊M&Aバンカー(第2号)は、
- 【M&A講座】経営統合と米国証券法(Form F-4)対応
- 【M&A講座】チェンジオブコントロール(Change of Control:COC)条項にまつわる留意点
- 【仕事術】会議で口火を切ることの重要性
の3本立てで記事を書いてみます。前回同様、これら3つには何ら関係性はありません。
【M&A講座】経営統合と米国証券法(Form F-4)対応
米国証券法の原則は他国企業同士の合併でも域外適用され得る
日本企業同士の経営統合であっても、株式対価の再編の場合には米国証券法の規制に基づき、原則としてForm F-4という書類(US-GAAP/IFRSで作成・監査された有価証券届出書のようなもの・・・実際の記載内容は段違いに細かい)を米国SECへ提出しなければならない。
(例:アルプスアルパインの経営統合時のForm F-4/EDGARより)
なお、一定の適用除外要件(ルール802)に該当すればF-4提出は免除される。免除要件は単純に言えば、消滅会社側(完子側)の株主の米国人割合が実質的に10%以下であればF-4提出不要といううイメージだ。
米国証券法とルール802についてはこちらのDavis Polkの資料が最近アップされた資料でまとまっている(ただし和訳資料であり日本語がやや変)。
実務上の印象(本当に域外適用されているのか?)
印象としては、最近になる程米国証券法対応を真面目にやろうとする企業が増えている感じだ。
15年くらい前だと、時価総額一千億円を超える企業同士の経営統合で対応をしているケースはあったが、特にルール802に基づきF-4対応の適用除外となった際のCB対応は無視しているケースも多かったように感じる。
ところが、ここ5年くらいはF-4対応はもちろん、CB対応も真面目に取り組む企業が増えてきている。たとえば、E&Yなんかは米国証券法対応サービスのページまでご丁寧につくって説明をしているほどだ。
とはいえ、なるべくストラクチャーを工夫することで、とにかくF-4提出は免れるようにする案件がほとんどではある(代わりにCB対応は結構一般的になってきている印象)。
特に留意が必要なケース
先にも述べたように、そもそもF-4作成が必要になるのは、簡単にいうと消滅側の株主に実質的に米国人が10%超存在している場合なのだが、特に留意が必要なケースとしては、株式移転の場合と既に持ち合いをしている場合である。
- 株式移転:統合後の株主構成をシミュレーションして米国人の持株割合を判定
- 株式を持ち合いしている場合:持ち合い株式は分母に参入しない
株式移転→合併・株式交換へのスキーム変更が必要かも
まず株式移転については、統合後の持株会社の株主構成をシミュレーションして米国人割合が10%以下か否かによって判断されるため、統合当事者のうちいずれかの企業に多数の米国人が存在すると株式移転=F-4提出となってしまうケースもある。
このような場合、統合当事者の一方の米国人割合が10%以下であるならば、そちら側の企業を消滅会社にする合併(または完子側とする株式交換)をとれば、F-4提出免除とるなることもある。
本来は、経営統合はその後のビジネス面、ガバナンス面を考慮して組織設計をすべきなのだが、米国証券法によって一定の制約を受けかねない状況なわけだ(なお、どうしても統合持株会社にしたいならば、抜け殻方式によって持株会社化した後に株式交換をすることで、疑似的に株式移転をした場合と似た組織設計にすることは可能ではあるが、相当に煩雑である)。
参考記事
持ち合い株→子会社に対する株式交換がTOB+スクイーズアウトになるかも
次に、株式を持ち合いしているケースも注意すべきである。なぜならば、持ち合い株式は10%テストの分母から除外されてしまうからだ。
たとえば、51%保有している連結子会社を株式交換で完全子会社化しようとしても、米国人が4.9%(∵ 4.9%/(1-51%)=10%)超存在したらF-4対応をする必要がでてきてしまう。
なので、この場合はF-4対応を真面目にやるか、現金対価のTOB+スクイーズアウトにスキームを変更するかいずれかの対応をとらなければならない。
子会社株式を相当割合持っているケースは特に留意したい。
F-4対応を真面目にやるとどの程度の負担なのか?
社内外コストは莫大
真っ向からF-4対応をすればいいじゃないかという考え方もある。
ただし、その場合はUS-GAAP又はIFRSでの決算書作成と監査を受ける必要があり、その準備期間と社内外コストはかなりのものになる。EYのサイトによれば準備期間だけでうまく進んだとしても1年程度はかかってしまうようだ。通常の経営統合実務だけでも社内メンバーは相当な負担をうけるのに、別GAAPでの再決算と監査を受ける負担は半端ではないだろう。
さらなる追い討ちは米国での継続開示義務
しかも、日本の有価証券届出書と同様に、一度F-4を提出したら、継続開示義務も課されるのが辛いところだ。すなわち、1度だけ別GAAPでの決算対応をすればよいのではなく、その後、免除申請が通るまでずっと米国証券法に基づく決算開示をしなければならなくなる。
もちろん、実務上はすぐに継続開示義務の免除申請をすることになろうけれども、それも負担になる。
まとめ
ということで、どうあがいてもF-4適用を免れ得ないケース以外はなんとかしてF-4対応だけは避けようということでスキーム策定が進捗する印象である。
経営統合のような株式対価の組織再編ディールに起用されたならば、FAとして、米国証券法対応の必要性とその実務インパクトを初期段階からしっかりと伝えるようにしたい。
細かいことを言えば、米国証券法対応については
- 10%テストの基準日はどうするのとか(できれば総株主通知請求はしたくない・・・通知請求の事実は公表されるから)
- 普段行っているSR目的の株主調査と何が違うのか
- 案件公表前に10%テスト目的でノミニー株主にレターを送って大丈夫か
・・・といった論点があり、実務上はその細かい一つ一つがかなり大事、というかこれらを外すと間違いなく大怪我になる。
なので、こういった具体的な論点も米国証券法対応の弁護士と一緒に一歩ずつ確認していきたいところだ。
【M&A講座】COC条項をナメてはいけない
株式譲渡案件等では、法務DDの一環としてどのような契約にチェンジオブコントロール(Change of Control:COC)条項が付されているかをチェックすることが一般的。
たいていの場合は株式譲渡契約(SPA)締結後クロージングまでの期間で株主異動に係る事前通知・事前合意することによって重要な契約についてCOC条項が発動されないような手当をする。
FAとして気をつけたいCOCにまつわる論点
FAとして特に気をつけたいのは、ビジネス上のニッチな仕入先・販売先との契約についてだ。
たとえば、BID案件で、ある買手候補が買収した場合には特定の仕入先が競合傘下の企業に部材を供給することはできないとなる見込みが高いケースがあったりする。そしてニッチなビジネスであるが故に往々にしてそういう場合、代替的な仕入先がすぐには見当たらないはずだ。
BIDがそのような状況になっているケースでは、仮に良い札を出している買手候補であったとしても、その買手が部材供給の継続性について策があるのか、何ら考えていないのか、もしくはそのリスクを全て売主側に寄せてきているのかについては慎重に見極めたほうがいい。
意外と策をしっかりと持っているケースは少数派で、売主に泣きつく(もしくは買手として居直る)ケースの方が多い印象だ。
そのような場合は、仕入先との競合関係にない2番手札の買手候補の方が全体的にはベターな選択肢になる可能性も高い。
どの候補先を優先的に最終契約交渉に招聘するかについてはこのような観点も含めて慎重に検討したい。
まとめ
一般的に、売手FAとして起用された際には、ビジネスの根幹に関する契約のうち、特定の買手候補が買収した際に影響がでそうな契約があるかどうかは、BIDに候補者を集める以前から売主と協議しておくのが望ましい。
逆に、買手候補のFAとして起用された場合には、そのような契約がありそうかどうか、もし、留意した方がよさそうな契約がある場合には、如何にして売主側の積極的な協力を取り付ける枠組みを整備しておくかを慎重に判断した方がいい。
的なFAがたまに居るが、そういう人は経験上たまたま大きな問題に発展したことがなかっただけであることを忘れてはならない。案件の初期段階からこれらを指摘していなかったFAは顧客からの信頼も失いかねない。
【仕事術】君は口火を切れるか
FAの仕事は本当に会議が多い。最近はCovid-19の影響でWeb会議や電話会議という形式で一堂に会することなく会議を行うケースも増えている。
会議中に想定外の論点に突き当たることも
たいていの会議はアジェンダ通り(すなわち予定通り)に進むものの、時折、事前にはあまり想定していなかった質問等から新たな論点に出会すこともある。
そのような場面は論点の内容次第では、なかなか最初に意見を述べ辛かったりすることもあるだろう(あまり過去に触れたことがない論点、事前にあまり考えていなかった論点である等の理由で)。
とはいえ、そういう時こそFAとしての腕の見せ所だと個人的には思う。仮説であったとしても何らかの意見を会議の場に放り込まないと、議論は進捗していかない。
しかも、クライアント側も社内のパワーバランス上最初に発言をすることを躊躇っているケースも結構ある。だからこそ、FAとして何らかの意見・コメントを最初に述べることに価値があると感じるところだ。
シニアバンカーへの登竜門
FAとしてのジュニアからシニアへの登竜門の一つとして、このような場面で適切に発言をして会議を捌いていけるかどうか、というものがあると感じる。
事前調和の会議をファシリテートできるのはFAとして当然なわけだが、予期していなかった場面でも慌てず冷静に会議をリードできるかどうかは人によってだいぶ異なる印象である。そして、優秀なジュニアが必ずしもこれが得意なわけではないのが難しいところ。
たいていのひとは事前に想定していた流れの中では慌てずに対処できるものの、想定外の場面で機転を利かせて適切な切り返しができるかどうかは、ひとによってだいぶ差がありそうだ。
育成はできるのか
そういう想定外のシチュエーションでも冷静に適切な対応ができるというのは訓練でどうにかなるものなのか。
個人的には、相当程度は訓練でどうにかなるだろうなと感じる。多くの想定外の経験をして、その中でもがくことで対応力が磨かれていくように感じる。
目下の自分の課題は、如何にして優秀なジュニアを適切にシニア業務に導いていくかがだと感じている。基本的に、ある程度仕切れるようになったジュニアには、
「会議中に議論が難しくなっても基本的には最初は黙っているから、最初に意見を述べてくださいね」
と申し伝えてはあるものの、それだけで上手くいくというわけではない。
何らかの発言によって口火を切ったとしても、そのコメントが焦点ボケになっているとFAチームとしてどうなの?と思われてしまうわけで、なかなかに難しい。
さいごに
米国証券法もCOC条項も、いずれも案件の初期段階でしっかりとリスクを指摘することが重要な論点です。
FAの主な仕事は、リスク・論点を漏れなく初期段階で適切な役職者へ指摘・伝達できるかにあると感じます。
最初にボタンを掛け違えると、あとで軌道修正するのはとても難しいし、すごく負担感も出てきます。自分たちチームを守るという意味でも、指摘すべきところは初期段階で漏れなくやっておきたいと考えています。