前回まで株式譲渡案件の売手のFAの仕事を見てみました。
(参考記事)
ここからは、逆サイドの買手候補のFAになった場合の仕事について確認していきたいと思います。
買手候補のFAのスコープ(仕事の範囲)は次のようなものかと思います。
- 対象会社の初期的分析(フェーズ1を想定)
- 買収プロセスのサポート(売手FAの窓口としても機能)
- 買収方針・ストラクチャーに関するアドバイス
- DDのサポート
- Valuation
- 各種契約書等の書面のドキュメンテーションに関するアドバイス
- 交渉に関するアドバイス
- その他案件に関する全般サポート(IR・適時開示、取引所対応、法規制対応)
売手と買手候補のFAの一番の違い
売手のFAと買手候補のFAとの一番大きな違いは、積極的なValuationを実施するか否かということだと思います。
売手のFAの場合
まず、売手のFAでも対象会社の売却目線のイメージをつかむために試算的なValuationを実施して報告することもありますが、売手の場合、結局適切なプロセスを経て「売れた金額」が意味を持ちます。なので、
- 案件の初期段階で売却目線のイメージを持ってもらうため
- 最終的な売却の意思決定をサポートするための材料
としてのValuationが求められることになります。どちらかというとサポート材料的な位置づけのValuationレポートが必要になるというところです。
買手のFAの場合
一方で、買手候補のFAの場合は、そもそもいくらで指し値を入れるかという観点でのValuationの実施が必要となります。Valuationの結果次第で買手候補の入札金額が変わり得るということで売手のFAの場合と比べて能動的な(積極的な)Valuaitonの実施が求められると言えるでしょう。
実際には、売手が示したいわゆるマネジメントケースのみならず、買手候補側で想定する様々なリスクシナリオも含めて多面的に何通りものシナリオを分析することになります。
ジュニアとしては、何度もシナリオの変更がなされたりして辛いところですが、FAとしての報告値次第で、いかようにも指し値が変わりうるため、入札で勝てるか(かつ、合理的な札で入札すべき)が変わってくるという意味もあり、非常に重要な役回りとなります。
シナジー効果を相当に売手へシェアしてしまうケースも
なお、買手候補によっては、最後に「エイヤ!」という感じで買収金額を決めることもあったりします。
そういう場合、特に買手候補が上場会社の場合にはValuationレポートにおいて正当にサポートできる金額となっている必要があるため、積極的な金額を指す場合には、相当のシナジー効果を相手方に支払うというシナリオを買手候補から提示してもらう必要があったりもします。
FAのScope of Work(買手候補編)
買手候補のFAは、金額提示等や買収条件に関する交渉戦略をどう組み立てるのかといった観点で頭を悩ませる場面が多いのが特徴です。
売手のFAの場合はある、各社の指し値が見えており、ある意味で答えが分かっている状態で相手先を選ぶことになりますが、買手候補の場合には競合入札者の指し値が見えていない中での戦いになりますので、様々な観点での「読み」が必要となります。
1.対象会社の初期的分析
まず、対象会社の初期的分析というのはインフォメモ(IM)に基づいて簡易的なValuationを実施したり、どのような買収スキームにすべきかを分析する段階のことです。
さらに、買手候補自身の業績へのインパクトを分析するためにEPS(一株あたり純利益)の増減分析等をあわせて実施したりもします。
また、入札案件においては、売手のFAとコンタクトして入札案件の状況をヒアリングします。
たいていの売手のFAはまともに回答してくれないわけですが、
- 売却プロセスに何社呼んでいるのか
- どの程度の金額を出せば1次を通過できるか(売手の目線)
- DD以降のスケジュールやDDの方法
とかを確認したりします。
なお、売手の目線については、金額の絶対値として確認すると言うよりは、たとえば直近のEBITDAの何倍くらいが目線なのかをさらっと聞くという具合に、敢えて倍率の議論としてぼかしてみたりもします。
2.買収プロセスのサポート(対売手FAの窓口としても機能)
買収プロセスのサポートとは、売手FAから送られてくるプロセスレターに基づいたスケジュールの策定、弁護士・会計士・税理士等の専門家の皆様を含めたキックオフミーティングのアレンジやその後のフォローなどの仕事を指し、要は、案件の進捗管理をするということです。
M&A案件全体の進捗はどうしても売手サイドにコントロールされてしまう傾向がありますが、買手候補のFAとして、可能な限り自分たちのクライアントの意向を踏まえたスケジュール調整をするように心掛けます。
たとえば、DDフェーズに入る際に、サイトビジットやインタビューセッションについて可能な限り買手候補の意向を反映させるように動いていくという点が挙げられます。
買手候補のFAについた場合に注意していることとしては、第1次プロセスにおいては売手のパワー(交渉力)が強いですが、フェーズが進むにつれて買手候補側のパワーが高まってくるという点です。
特に、自分たちのクライアントの札が良い指し値になっている場合には、DDフェーズで相応に要望を聞いてもらえることもできたりします。
(なお、自分たちのクライアントの札が一番札なのかどうかは普通は判明しませんが、買手候補としての「ある意味でハイボールなお願い」が比較的通るような状況であれば、かなり良い位置に居ると判断しても差し支えないと思います)
3.買収方針・ストラクチャーに関するアドバイス
買収方針・ストラクチャーに関するアドバイスは、専門家の先生方にも確認しながら、クライアントと専門家の橋渡しとしてサポートするということが一般的です。
クライアントの意向が漠然としている状況で専門家の先生方を交えて協議をすると時給制のメーターが果てしなく回るので、一旦はクライアントとFAとで論点や選択肢を整理して、そのお墨付きを専門家の先生方に頂くという流れが多いように思います。
そのため、FAとして、M&Aに関する法規制、会計・税務は抜け漏れがないようにしっかりおさえておき、専門家の皆様と対等にディスカッションできるようになっておく必要があります。
4.DDのサポート
買手候補のFAの場合、DDのサポートといっても、自社のクライアント対応だけしていれば良いため、売手のFAにつく場合と比較すると相対的には楽です。
ただし、これは作業時間・労力という意味での気楽さを言っているだけであり、買手候補のFAとしては、クライアントの事業部の方々や専門家の先生方が実施するDDの進捗状況をしっかりと把握し、クリティカルな論点については適宜クライアントの案件チームに報告し協議するという姿勢は必要です。
たとえば、潜在的にディールブレークになり得る事項が発見された場合は、DD報告会を待たずしてクライアントと協議したり追加資料を要求したりする必要があるため、DDサポートを担当するジュニアとしても、ルーチンワーク的にQ&Aシートの送受信だけしていればいいというわけではありません。
ジュニアは、案件で何が起きているのかを常に把握しておき、危なそうな論点を見つけた際にはタイムリーに案件メンバーに共有するということを心掛けておきたいものです。
(次回に続きます)