以前、M&A案件を大きく2つに分けてみようという記事のなかで、M型案件とA型案件の2つのタイプに分けようという話をしました。
2つのタイプは私が勝手に分けているだけですが、「M型案件」としたのはMergers型の案件で、要は経営統合の案件でした。
経営統合の主な手法として、
- 合併
- 株式移転
という2つが挙げられます。
今回は、この2つの手法について、色々な観点で比べてみようと思います。
合併と株式移転を比べてみよう
教科書的な比較論
合併と株式移転について教科書的な比較論を表にまとめてみると次のようになると思います。
項目 | 合併 | 株式移転 |
株主総会決議 | 簡易・略式に該当すれば 省略可能 |
必ず必要 |
許認可の再取得や各種契約の再締結 | 原則として消滅会社の許認可等の再取得が必要であり契約の継続性についても留意が必要 | 事業主体の法人格は変わらず、許認可の再取得が必ずしも必要ではないが、契約の継続性については念のため確認が必要 |
テクニカル上場手続 | 不要 | 必要 |
証券コード | 存続会社の証券コード | 新しい証券コード(テクニカル上場に伴う証券コードの新規付与) |
債権者保護手続 | 必要 | 原則として不要 |
経営統合直後の配当原資 | 利益剰余金 | その他資本剰余金 |
税制非適格となった場合の時価評価の範囲 | 全ての資産負債 | 一部の資産のみ |
この表の中で実務上インパクトの大きな違いは
- 許認可の再取得の要否と各種契約の継続性
- 証券コードの変更の有無
- 経営統合後の配当原資
の3つのポイントだと感じております。
許認可の再取得の要否と各種契約の継続性
最もインパクトの大きな違いはこの許認可の再取得の要否と各種契約の継続性だと思います。
特に銀行業のような規制業種の場合、経営統合をしようとしていきなり合併を選択することはまずありません。
これは、許認可の再取得と契約の継続性の観点から、既存の法人格を生かしたままとせざるをえず、同一の持株会社の傘下になったあとに時間をかけて集約化し、準備がととなったタイミングで、必要に応じてグループ内合併を選ぶというケースがほとんどだと思います。
各種契約についても、会社法的には包括承継ですが、各種契約上の規定として、Change of Control条項がある場合には、相手方の事前承諾や事前通知が必要だったりするので、法人格が消滅してしまう合併の方が、よりいっそう留意が必要です。
証券コードの変更の有無
意外と大きなインパクトのある項目として、証券コードの変更の有無があります。
合併消滅会社の証券コードが変わってしまうのは仕方ありませんが、株式移転の場合には、双方の証券コードと異なる新たな証券コードが付与されることになります。
歴史の古い会社等、自社の証券コードに強い思い入れがあるというケースもありますので、この証券コードの変更の有無というのはしっかりと説明をしておく必要があります。
経営統合後の配当原資
合併では、合併存続会社の利益剰余金が残りますが、株式移転では新設される持株会社の剰余金は全てその他資本剰余金となります。
従いまして、経営統合直後(特に第1期目終了時点)での配当については、その他資本剰余金を原資とする配当とせざるを得ません。その場合、株主にとっては一部資本の払い戻しとなり、単純に受取配当金として処理できなくなるため会計・税務の両方の観点で株主にある程度の負担を強いることになります。
なお、株式移転を実施した当事者である、株式移転完全子会社に利益剰余金があるはずですので、持株会社の決算の前に、それらを配当原資とする配当しておけば良いのではという考え方もありますが、おそらく実務的には使えない方法だと思います。
といいますのも、親会社の投資以前から存在する利益剰余金を原資とする配当を受けた場合には、親会社において受取配当金とならずに、子会社株式の減額として処理すべきという流れになっているためです(実際には監査法人との協議・確認が必要)。
参考として、根拠となる会計基準の適用指針を挙げておきます。
企業会計基準適用指針第 3 号「その他資本剰余金の処分による配当を受けた株主の会計処理」
第13項
なお、本質的には支払側の配当の原資(その他資本剰余金又はその他利益剰余金)により、自動的に受取側の会計処理(投資成果の受取又は投資の払戻し)が決定されるわけではない。例えば、以下の場合には、支払側の配当の原資に従って受取側が処理しても、必ずしも投資成果の分配と投資そのものの払戻しを整合的に処理できない。
(1) その他利益剰余金の処分による配当の原資が、投資以後に投資先企業が計上した留保利益の額を超えている場合
クライアントの皆様の本音の比較論
教科書的なといいますか、建前論の比較についてはこれまで述べたとおりですが、実務においてクライアントの皆様が本音で違いがあるなと感じているのは、別の項目だと思います。
それは、
ということです。
仮に、A社とB社があって、どちらも取締役の定数8人の会社だとします。
この2社が合併したとしても、取締役の定数を16人まで増やすことはあまりなく、数名の枠を増やす程度になってしまうというケースが多いように感じます(仮に合併後の定数を12人にしたとすれば、16人いた取締役のうち、4名があぶれてしまうわけです)。
執行役員制度をつくったり、監査等委員会設置会社にしたりという工夫はできたとしても、役員個人にとっては取締役になれるかどうかというのは大きな違いです。
この論点に関して株式移転ならばこれが解決、というかむしろ取締役の数が増えます。
もちろん、上場会社である持株会社の役員に全員を据えるということはできないと思いますが、傘下の株式移転完全子会社(従前の上場会社)の役員のポストは引き続き残りますし、持株会社の役員ポストは新設されますので、ポストの数という観点では好まれる傾向にあります。
ただし、FAとしてそれを堂々と比較として論ずるのは若干やりにくいため、主に口頭でクライアントに説明するようにしています。
さいごに
経営統合の手法を比べるときには、建前の教科書的な比較論のみならず、本音の部分の役員のポスト数についても留意しながら話を進めることで、クライアントの皆様が本当のところでは何を気にしているのかがつかめるように感じます。