今回はいつもの先輩と後輩に登場していただき、EPS(Earnings Per Share=1株当たり純利益)の希薄化にまつわるちょっとした小話をしてみたいと思います。
文頭のマークが◆◆→先輩、◎→後輩 です
後輩が答えられなかった質問とは?
◎先日クライアントと会話していて、合併や株式交換のような株式対価の組織再編をする場合に、EPSが減少するか(希薄化するか)どうかを聞かれまして。
◆◆株式対価の組織再編の時に考えなければならないテーマだよね。
◎クライアントは最初「株式を発行するのだから必ずEPSが減少するんですよね」とおっしゃっていたのです。
◆◆それはよくある勘違いだね。
◎株式交換であれば完全子会社の純利益を全て取り込むことができるから、連結集団としての純利益の絶対額は増加することを説明したんです。そしたら一旦は納得してくださったんですけどね。
◆◆株式対価の再編であっても、取り込み対象の企業が十分な利益を上げていればEPSは減少せず、むしろ増加することもあるからね。
◎ええ。ただ、その説明の後別の質問をされましてね。
◆◆どういう質問?
◎「EPSの減少と増大化の分かれ目はどこか?」っていう質問をされたんです。
◆◆なるほど。
◎その点はうまく説明できなかったんですよね。対象企業を割安に買えばEPSは増加するし、割高に買えばEPSは減少するっていうのはイメージとしては伝わったんですけど、割安と割高の区分はどうするんだっていうことを説明できなかったのです。
◆◆そういうことね。じゃあ、一緒に考えてみようか。
◎お願いします。
具体例で考えてみよう
◆◆たとえば、こんな企業があったとするよね。便宜上1株しか発行してないけど、株価が付いているとさせてね。
前提
- A社
- 発行済株式1株
- 純利益10 → EPSも同額
- 株価100
- B社
- 発行済株式1株
- 純利益30 → EPSも同額
- 株価400
※連結のれんは無視する
◎前提は理解しました。
(1)合併比率が1:4の場合
◆◆この前提で、A社がB社を吸収合併するとして、合併比率は株価の比率であり1:4だとするね。その場合、A社のEPSは増加するかな?
◎A社は新株を4株発行するので、合併後はこうなりますね。
- 新A社(合併比率1:4のケース)
- 発行済株式5株
- 純利益 → 10 + 30 = 40
- EPS → 40 ÷ 5 = 8
◎EPSは減少しましたね。
(2)合併比率が1:2の場合
◆◆では、前提条件を変えて、B社の株価が200だったとして合併比率が1:2だとしたらA社のEPSはどうなるかな?
◎A社は新株2株発行するので、合併後はこうなりますね。
- 新A社(合併比率1:2のケース)
- 発行済株式3株
- 純利益 → 10 + 30 = 40
- EPS → 40 ÷ 3 = 13.33〜
◎今度はEPSは増加しましたね。
(3)合併比率が1:3の場合
◆◆最後にもう一度前提条件を変えて、B社の株価が300だったとして合併比率が1:3であったとするよね。この場合、A社のEPSはどうなるかな?
◎A社は新株3株発行するので、合併後はこうなりますね。
- 新A社(合併比率1:3のケース)
- 発行済株式4株
- 純利益 → 10 + 30 = 40
- EPS → 40 ÷ 4 = 10
◎EPS10のままで変化なしですね。どういうからくりなんでしょうか?
◆◆答えを聞く前にちょっと考えてみてね。
EPSが増加するかどうかの分かれ目は?
◎えーと、、、いま考えていた簡易モデルを改めて見てみると、自社と同じPERで買収すればEPSは変化しないのですよね?
◆◆そうだね。
◎そして、自社よりも高いPERで買収すれば割高に買収したことからEPSは減少し、逆に自社よりも低いPERで買収すれば割安に買収できたことからEPSは増加するということですね!
◆◆そういうことだね。ただし、このケースでは簡易的に考えるために連結のれんの発生は無視しているため、実際にはPERの違いがEPSの変化に完全連動するわけじゃないんだけどね。
◎なるほど。いずれにせよEPSの変化を買収対象会社のPERを考慮しながら見るっていう視点は新しかったのでひとつ勉強になりました。
さいごに
実際にクライアントとディスカッションしていても、株式対価の再編に消極的なケースが意外に多くあり、それは「株式対価の再編だと発行済株式総数が増加してEPSは必ず減少する」と誤解されているようです。
そんな場合に、今回のモデル的のように簡単なイメージを共有することでその誤解を取り除くことができることもあります。
クライアントが組織再編に際して、株式を対価にするのか現金を対価にするのかを決めるために色々な要素を検討することになるわけですが、その要素の中に誤りがあれば適切に正していくことが重要というわけです。
(クライアントの誤解を解く際に、真正面から「それは違います!」と言うと角が立つので、気分を害さないように上手く話を切り出す必要がありますが、それはまた別の記事にて考えてみたいと思います)
(参考記事:クライアントの気分を害さずに誤りを指摘する方法)