DCF法の残存価値を定率成長モデルで求める方法は、
\[ TV=\frac{C}{r-g} \]
であるというのは、ご存知だと思います。
実務上は、成長率\(g\)が割引率$r$を超過するような前提を置くことはありませんが、以前、その点に疑問を持った後輩が実際に居たので、改めてこの残存価値を求める式の意味を考えてみることにしました。
多くの数式をひとつずつ追っていくため、対話形式の方がわかりやすいかなと思いましたので、いつもの先輩・後輩に登場していただきます。
(文頭のマークが◆◆→先輩、◎→後輩 です)
成長率が割引率を超過したら残存価値はどうなるんですか?
本日の後輩の悩みはDCF法の残存価値について
◎先輩、こんにちは。今日はValuationについてお聞きしたいのですが。
◆◆いいよ。どんな話かな?
◎DCF法の残存価値についてです。
◆◆残存価値は、定率成長モデルとEBITDAマルチプルの2つの求め方があるよね。
◎はい。今回は定率成長モデルについての疑問があるんです。
◆◆どんな疑問かな?
◎定率成長モデルの式って、計画期間を\(n\)年とし、残存価値の計算期間の初年度=\(n+1\)年度の\(FCF\)を\(C\)、割引率を正の値\(r\)、成長率を正の値\(g\)とすると残存価値\(TV\)は、
\[ TV=\frac{C}{r-g} \]
と表せますよね。
◆◆うん、そのとおりだね。
定率成長モデルで、成長率$g$が割引率$r$を超過したらどうなる??
◎式の分母をみてください。もし、成長率が割引率を超過$(r<g)$、すなわち$r-g$がマイナスとなってしまうケースはどうなるのでしょうか。単純に式に当てはめると、残存価値がマイナスになりますよね?
◆◆なーるほど、面白いこと疑問を持つもんだね。
仮に、$C=100、r=5\%、g=6\%$という前提を置けば、
\[ TV=\frac{C}{r-g}=\frac{100}{(0.05-0.06)}=-10,000 \]
になるのではないかってことだね?
◎まさに、それが疑問なんですよ。
◆◆ひとつ聞きたいのだけど、定率成長モデルの公式を自分で導出したことある?
◎なんとなくやり方を見かけたことはあるのですが、自ら導出まではしたことないです。
◆◆まあ、そんな感じかなと思ったよ。定率成長モデルの公式の導出をやってみれば君の疑問が簡単に解決すると思うよ。
◎そうなんですか?ぜひ、教えて下さい。
定率成長モデルの公式を導出してみよう
◆◆OKだよ。まず、定率成長モデルの残存価値(TV)って次のように考えているのはわかるよね?
\[ TV=\frac{C}{1+r}+\frac{C(1+g)}{(1+r)^2}+\frac{C(1+g)^2}{(1+r)^3}+・・・以下無限に続く \]
◎それは大丈夫です。初年度の$FCF$=$C$が翌期から$g$の成長率で一定成長するものの総和を割引率$r$で現在価値に割り引いているということですよね。
◆◆そのとおり。この式は複雑で見にくいから、以下の前提で文字を使ってみるね。
\[ a=\frac{C}{1+r}、b=\frac{1+g}{1+r} \]
◆◆先ほどのTVの式をこの文字に置き換えるとどう表せる?
◎初項が$a$で公比が$b$の等比数列になりますね。
\[ TV=a+ab+ab^2+ab^3+・・・ \]
ですよね。
◆◆上記の$TV$を仮に$n$年間に区切って考えてみようか。
\[ TV(n)=a+ab+ab^2+ab^3+・・・+ab^{(n-1)} →(i)とおく \]
となるのはOKかな。
◎はい、なんとかついていっています。
◆◆じゃあ、両辺に$b$を掛けた式を作って、当初の式をマイナスしてごらんよ。
\[ b*TV(n)=ab+ab^2+ab^3+ab^4・・・+ab^{(n-1)}+ab^n →(ii)とおく \]
◎$(i)式から(ii)式$をマイナスするわけですね。右辺については、1つ目の式の第1項と2つ目の式の第n項だけが残って、あとはマイナスで相殺されますね。
◆◆そうだね。以下のようになるよね。
\[ (1-b)*TV(n)=a-ab^n \]
更に、$b\neq1$の前提で式を変形させると、
\[ TV(n)=\frac{a(1-b^n)}{1-b} \]
だね。
◎・・・はい。
DCFの定率成長モデルは無限の期間を想定しているから・・・
◆◆ここで、残存価値は無限の期間の価値の和を想定しているんだよね。
◎ええ、そうです。
◆◆そうであれば、
\[ \lim_{ n \to \infty } TV(n)=\lim_{ n \to \infty } \frac{a(1-b^n)}{1-b} \]
とする必要があるのはわかる?
◎無限の期間だから、$n$は無限大に近づけるということですよね。
◆◆そのとおり。ちなみに、このケースでは$n→∞$を$b$の変域によって場合分けするんだけどね。
◎うーん・・・。
◆◆考えられるケースは、以下の3つだね。
- $b>1(そもそもの前提でb\neq1)$
- $-1<b<1$
- $b\leqq-1$
I. $b>1$のケース
◆◆まず、$b>1$のケースでは、$b^n$の$n$を無限大にすると$b^n$も無限大になるのわかる?
◎たとえば、$b=2$であれば$2^n$で$n$を無限大にすれば$2^n$も当然無限大になるってことですね。
◆◆そうだね。具体的な数値を入れながらのほうが理解が進むかもね。
II. $-1<b<1$のケース
◆◆次に、$-1<b<1$のケースでは、$b^n$の$n$を無限大にすると$b^n$はゼロに収束するのわかる?
◎たとえば、$b=1/2$であれば$(1/2)^n$で$n$を無限大にすれば$(1/2)^n$はひたすら小さくなってゼロに限り無く近づくってことですね。
◆◆そうだね。
III. $b\leqq-1$のケース
◆◆最後に$b<-1$のケースでは、$b^n$の$n$を無限大にすると$b^n$は振動して発散するのわかる?
◎たとえば、$b=-3$であれば$(-3)^n$で$n$を無限大にすれば$(-3)^n$は$n$が奇数ならマイナスで$n$が偶数ならプラスの値を取りながら無限大に近づきますね。
◆◆そのとおりだね。
いよいよ、$TV=C/(r-g)$を導出
◆◆残存価値の式、
\[ TV(n)=\frac{a(1-b^n)}{1-b} \]
の式は、$-1<b<1$の前提ならば、$n$を無限大にすることで、
\[ \lim_{ n \to \infty } TV(n)=\lim_{ n \to \infty } \frac{a(1-b^n)}{1-b}=\frac{a}{1-b} \]
と単純な式に変形できるなるのはわかるよね。
◎ええ、$b^n$がゼロに限りなく近づくからですね。
◆◆ここまでシンプルになったから、$a$と$b$を元の式に戻そうか。
◎はい。
◆◆$a$と$b$をもとの式に戻してみると、
\[ \lim_{ n \to \infty } TV(n)=\frac{a}{1-b}=\frac{\frac{C}{(1+r)}}{(1-\frac{1+g}{1+r})}=\frac{C}{r-g} \]
◎なんと! 永久成長モデルの式になったじゃないですか!
◆◆これが永久成長モデルの公式の導出なんだよ。
◎なるほど。
そして、後輩の最初の疑問が解決する
◆◆ちなみに、この式は$-1<b<1$の前提だったの覚えている?
◎そうでしたね。
◆◆ところで、$b$ってなんだっけ?
◎えーと、
\[ b=\frac{1+g}{1+r} \]
ですね。
◆◆つまり
\[ -1<\frac{1+g}{1+r}<1 \]
ということは、$r$も$g$も正の数の前提だから、$r>g$でないとダメなのわかる?
◎そうですね。分子よりも分母の方が大きくなければならないってことは、$r>g$が前提であるってことですね。
◆◆そういうこと。
◎あ、そうか。だから、私が当初疑問に思った、$\frac{C}{r-g}$の式で$r<g$というのは、そもそもありえない前提だったんですね。
◆◆そうなんだよね。$r<g$の時点で、$TV=\frac{C}{r-g}$の式は導出できず、使えないってことだよね。
◎わかりました。ちなみに、$r<g$だとすると$TV$はどうなるんでしょう?
◆◆簡単だよ。割引率よりも成長率の方大きいということは年数が経てばたつほど価値が増えてしまうわけで、無限の期間を想定すれば$TV$も無限大になるってことだよ。
◎さっきの例の$b>1$の時の考え方と同じですね。
無限等比級数の考え方をしっかりおさえる
◆◆そういうことだね。ちなみに、今回の話って、Valuationというよりは数学の話だったことに気づいている?
◎そういえば、そんな気がしますね。
◆◆無限等比級数の考え方を理解しておけば、$TV=\frac{C}{r-g}$の式が本当に意味するところがわかるでしょう?
◎はい。以前よりも$TV=\frac{C}{r-g}$について深くわかった気がします。でも、すぐに忘れそうなのでよく復習しておきます。
さいごに
冒頭に申し上げたとおり、実務上は成長率が割引率を超過するような前提を置くことはありません。
これは、別の切り口で実証分析している以下の本が有名ですね。
資本家の投資リターン$r$は経済成長率$g$を上回り、時間が経てばたつほど貧富の差が拡大するという話です。